悪役のA/最悪の評判

第2話 雷速

 俺の名前はエイジ=リックウェル。カールバイト帝国の侯爵家リックウェル家の次男だ。

 別に、貴族階級が高いこと以外は特段特別なことは何もないのだが、やはり人と違うのは、前世とそれを憶えていることだろう。


 というより、これが古典で習った「異世界転生」というものか、意識が覚醒したころは感動したものだ。

 しかし、それよりも感動したことがある。


 空が青い。


 俺の前世の世界は、空が淀んだ赤だった。青空など写真でしか見たことがなかった。たしか、空が青かったのは、令和?時代までだったかな?確か第四次世界大戦以降に、空が赤くなったんだっけ?


 そんな世界で生きていた俺にとって、空が青いこと、世界が平穏なこと、それそのものが感動ものだった。


 そして、そんな俺は今は6歳だ。再来年の武道大会に向けて、修練場で武術を行っている。


 「坊ちゃま、そんな蹴りではでは蚊一匹殺せませんよ!」

 「そりゃそうだろ!足で蚊は殺さないからな!」

 「口だけ達者では、意味がありませんよ……はっ!」

 「ぐ……少しは手加減しろよ!」


 俺の修練相手は、デイモンド。うちの家の用心棒兼執事だ。こいつ、過去に何をしていたのか知らないが、アホみたいに強い。なんだかんだ、俺は邪神を殺すだけのポテンシャルを持っている。だというのに、俺はこの男から一本しか試合に勝ったことがない。それも、油断していたところを不意打ち。みたいな形でだ。


 ていうか、6歳の子供に、大人が本気で蹴りを入れるなよ。


 ほどほどに修練も終わり、外も暁色に変わり始めた時、デイモンドが頃合いを見て終わりにする。


 「そこまで!坊ちゃん、今日もお疲れさまでした。」

 「疲れたー。いつも思うんだけど、二時間掌打の打ち合いって、俺を過労死させたいのか?」

 「なわけないでしょう。坊ちゃんはなぜか武術の基盤が最初からありました。それが下手にあるせいで、修練はこうでもしないと型が身に入らないんですよ。」

 「…………」


 どうやら俺は、変な基礎が身についてるから武術を教えずらいらしい。まあ、それでも付き合ってくれているのだから感謝しかないのだが……。


 俺は修練で疲れた体を癒すため、颯爽と浴場に向かう。


 浴場は、とてつもなく広い。こんなに広いのを個人所有なんて信じられない。俺の世界じゃ、大衆浴場もとい、銭湯でしか見たことない。

 最初のころは屋敷のメイドが同伴していたが、さすがに恥ずかしいので最近はやめてもらってる。同伴を断った時、物凄く残念な顔をされたが、気のせいだろう。


 ふろもそこそこにして、食事室に向かう。

 そこには、1歳年上の腹違い(正妻)の兄、2歳年下の腹違い(正妻)の妹、正妻、第二夫人(実母)、父がいる。

 席に着くと、全員出された食事を食べ始める。そんな中、父が話しかけてくる。


 「エイジ、修練の方はどうだ?」

 「順調ですよ、お父様。」

 「エイジ、お前父上に向かってなんて口の利き方だ!」

 「…………」

 「無視するな!」

 「まあまあ、ジーラも熱くならないの。」


 俺が父にそっけない態度をとると、兄―――ジーラが噛みついてくる。これだから重度のファザコンは……。食事くらい、静かに食べたい。俺としてはこんな食事を食べれない環境で生きて来たんだから。


 この家の食事は三食出てくる。パンも柔らかければ、全てのメニューの温度が適当に出てくる。


 対して、前の世界は、パンも硬ければ、全てのメニューが総じて冷たい。食事なんて腹を満たすだけの作業でしかない。


 本当に前の世界では、ストレス解消は寝るかセックスかだった。俺も何度も美穂と体を重ねたものだ。


 ゆっくりと食事を取っていると、またも父が話しかけてくる。


 「エイジ、武道大会はどのくらいの自信がある?」

 「相手の実力とかがはっきりしないから何とも言えないけど、たぶんそれなりに良いところはいけると思う。」

 「そうか。だが、魔術も鍛えておけよ。武道大会は体術だけじゃなく、魔術も使われるんだからな。」

 「魔術も暇な時にやってますよ。」

 「ならいい……。」


 会話が終わると、静かな空間が戻ってくる。原因は高圧的な父と、父を前にすると途端に不機嫌になる俺が原因なんだろうけど。


 急だが、俺は父が嫌いだ。表向きは非常に好感を持たれるような人物なのだが、俺の目にはそれだけじゃないように見える。

 本当に自分のことしか考えてないような奴に見えるし、邪神と同じ空気を感じる。


 こいつは信用するな、隙あらば殺してしまえ。そう俺の中にいるモノがずっと叫んでるような気分になる。


 食事もほどほどに俺は自室にて、魔術の勉強を始める。父の言う通り、この世界での魔術は立派な武道だ。

 かくいうこの家も、魔術の家だ。俺が武術の才能があるから、デイモンドが雇われたようなものだ。


 コンコン


 「どうぞー」

 「しつれいします。にーにきたよぉ」

 「いらっしゃい。今日はなにする?」

 「じゃあ、このあいだのつづきをきかせて!」

 「わかった。ほら、おいで」

 「わーい!」


 俺の部屋にやって来たのは妹のゼーレだ。まだ4歳と幼いが、かなり頭が良いと思う。しかも半分しか血がつながってないのに、滅茶苦茶なつかれてる。


 なんもしてないのになー。なんでかな?


 だからからかは分からないが、ほぼ毎日ゼーレは俺の部屋にやってくる。

 やってくるたびに、一緒に魔術やら計算やらを勉強、もとい教えているのだが、一番多いのが俺の前世を物語チックに話すことだ。

 我ながら話していて恥ずかしいが、それで可愛い妹の笑顔が見れるなら安いものだ。


 その日も、夜遅くなり使用人たちに睡眠を促されるまで、ゼーレに前世の物語を語っていたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 時は流れ、俺は武道大会の決勝の舞台に立っている。

 決勝までの道のりはそんなに難しくなかった。やはり、前世というアドバンテージが効いているのだ追う。


 『これより、エイジ=リックウェルとノア=L=マックスの試合を始める!両者構え!』


 俺と対戦相手が構えると実況が始まる。


 『いやー今年の少年大会は逸材がいますね。注目はやはりエイジ選手でしょうか。そこのところどうですか、解説のガノンさん。』

 『いやー、二人共8歳とは思えない実力ですよ。ですが、今までの試合で、エイジ選手は全試合完封でしたからね。ノア選手には厳しい展開になりそうですね。』


 実況が聞こえてくるのが本当にタチ悪い。こういうのは選手に聞こえないようにするのが普通じゃないのか?


 そんなことを考えていると、審判が開始の合図を声高らかに宣言する。


 『両者、始めっ!』


 合図と同時に対戦車―――ノアが突っ込んでくる。


 「軽率に距離を詰める。本当に学ばないなお前らは。」


 俺は今までの6試合のうち4本を、一撃で終わらせている。その4本は突っ込んできたやつらを迎撃しただけなんだが。


 まあこれで俺の優勝だ。


 だが、その慢心は次の一撃で砕かれることになる。


 バキィ


 その音とともに、ノアがガラスの様に砕け散る。


 『あーっと幻影魔術だ!この作戦はどうなんでしょうか?』

 『今のは上手いですね。発動も、使用したことすらも気付かせずに魔術を行使する、ただの一般人じゃ到底できませんね。』


 幻影魔術なのは分かった。だが、ノアはどこに……。


 ―――後ろか!


 俺が気付いた瞬間には、ノアは大鎌を振るっていた。

 クソ、避けられねえ!受けるしかない。


 「チッ、倒しきれないか。でも、負けない。俺は強くなるんだ!」

 「痛った。防御強化は、今後の課題かな?」

 「俺のことは眼中にないですってか?舐めるなよ!」


 俺が自身の弱点を見つけたので、それをつぶやくとなぜかノアは怒り始めた。


 「うおおおおおお!」

 『ノア選手、すごい勢いです!このまま押し切れるのでしょうか?』

 『そうですね。しかし、私は大人しいままのエイジ選手の動向が気になりますね。』


 解説黙ってろ!作戦バレたらどうすんだよ!幸い、ノアは攻撃に集中しているため、聞こえてないみたいだ。


 まあいい。術式は完成した。


 俺は、術式を発動させ、体中に電気を帯び始める。


 『おっとー!?エイジ選手なにか魔術を発動するようだ!しかし、魔力の痕跡が一切見えない。何をしようとしているんだぁ!?』


 「【雷速らいそく】!」

 「グフッ!?」


 雷速によって限界まで加速した掌底が、ノアのみぞおちを捉える。

 その衝撃によって、ノアは吹っ飛ぶのだが、俺はまだ逃がすつもリはない。


 「もういっちょ!」

 「グハッ!?」


 俺は、宙を舞っているノアの懐にもう一度入り込み二度目の掌底を叩きこむ。すると、ノアの体はくの字型で吹っ飛んでいき、闘技場の壁に叩きつけられる。


 もう一撃叩きこもうか考えた所で、試合は終了する。


 『選手ノア気絶。よって勝者エイジ!』

 「「「わあああああああ!」」」


 闘技場に歓声が広がると、俺が勝ったという現実を理解し始める。

 そうか、勝ったんだな。あんまり勝ったっていう感覚がないな。


 みんなが弱すぎて。


 しかし、またも俺の考えがまたも砕かれる。


 バキィ


 俺の頬に突然激痛が走ったからだ。


 ―――!?何が起こった?


 俺が殴られた方を見ると、怒りに目を染め、明らかに成長しているノアが立っていた。

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