第2話

「おまたせしました、枝豆と冷奴です」



 ビールのお供にこのツートップは欠かせない、ぐるりと醤油を回しかけると、課長は俺のにもかけてくれた。



「あ」


「あ、悪い! 多かった?」


「いえ、なんか、『いいな』って、思いまして」


「ん? 年上の女は面倒見がいいってか? アッハハ」



 課長はもう酔ったのかというほど、テンションが高い、会社とはまるで別人のようだ。



「ん? どうした岸野? 私がどうかしたか?」


「あ、いえ、こんな一面もあるんだなって、思いまして」


「まあね、私だって人間よ、あんなロボットみたいじゃ疲れちゃう」



 冷奴を箸で切り、口へ運ぶ課長、俺は枝豆に手を伸ばした。



「課長はなんで結婚しないんですか?」



 箸が一瞬止まる、下を向いた課長は長い髪で表情が分からない。小刻みに肩を震わせている。



「岸野、そりゃセクハラだぞ」


「あっ、す、すみません」



 泣いている、悔しがっている、ことではないのは口調で分かった。



「アッハハ、まあ、いいんだけどね、課長になって三年、まさか十も下の岸野に言われるとはね」


「すみません、不躾な質問で」


「ずっと思ってる人はいるんだけど、なかなかね……」


「え? そうなんですか!?」


「私のことはいいのよ、岸野はどうなの? うちの会社、出張多いからね、奥さんに寂しい思いさせてるでしょ? だから不倫されるのよ」


「また勘ですか? まあ……仕事ですし、休みはゆっくりしたいですし?」


「そうだよね、でも私の勘は、当たるのよ」


「いやいや、もういいんですよ……結婚なんてしなきゃ良かった」


「なんで? って、聞かないよ、夫婦って言っても他人だしね、私の勘が正し良ければ、別れるよ、絶対!」



 お互いに喉を鳴らしてビールを飲む、結婚して家庭ができると友達とは疎遠になる。生活費がかさみ、趣味は出来なくなる。話す相手は営業成績を競い合う同僚。勿論本音なんて出せるわけがない。

 大河課長が話しを聞いてくれることが嬉しかった。



「本当に、結婚って、何なんでしょうね」


「おお、言ってみ? 言ってみ?」





 課長は俺の愚痴を笑いながら聞いてくれた。唐揚げがテーブルに置かれた頃、ジョッキが所狭しと並ぶ。

 残ったビールを一気に飲みほし、ジョッキを荒く置くと、叫ぶように言った。



「もう、別れるぞー」


「ハッハッハ、別れるかー、それもありかもね、がはは」



 くしゃくしゃと、頭を撫でられた。


 何故か俺も嫌ではなかった、というよりも、何だか恋人同士がいちゃついているようで楽しい。


 こんな人が彼女だったら――――

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