酒は飲んでも飲まれるな

「ダメだ。飛騨さんに見られたらマズい」

「そんなぁ~!」


 不満気に歩花は声を上げる。

 俺だってその気がないわけではないが――ここは人が多い。

 周囲にはそれなりに車も止まっているし、なにより飛騨さんが隣に車を停めているからな。


「それより、飯にしようぜ」

「むー。分かった」


 渋々ながらも歩花は納得してくれた。

 今晩は岐阜の郷土料理である『あゆぞうすい』を作ることにした。


 ポータブル冷蔵庫には予め購入しておいた調理済みの鮎がある。なので、まずは炊飯器で米を炊く。


「歩花、ぞうすいを作るから少し時間が掛かる。自由にしていいぞ」

「分かった~。紺ちゃんと電話してるね」

「おう。ここだと狭いだろうから、ルーフに上がるといい」


 ポップアップルーフを解放し、歩花を上がらせた。

 夜間なら網戸メッシュにすれば涼しい風も入ってくる。しかも標高もそれなりにあるから、快適すぎるほどだ。


「車の屋根で寝られるって、なんか良いよね!」

「そうだろう、歩花。これぞ、キャンピングカーの特権にして醍醐味だいごみだ」

「うん、ベッド展開もできちゃうし、最高だよね」


 そんなお喋りをしながら、俺は米を炊いていく。

 あとは鮎を調理していくが、元から内臓などは処理されているもの。これなら、そのまま雑炊にするだけだな。



 ――三十分後。



 早くも鮎ぞうすいが完成した。

 しかし、これだけだと味気ない。

 粉末味噌汁のあさげを作った。

 これはお湯を注ぐだけで簡単に作れるからラクチンだ。


 完成後、俺は歩花を呼んだ。


「おーい、歩花。飯が出来たぞ」

「ほんとー! じゃあ、降りるね」


 ポップアップルーフから降りてくる歩花を受け止め、安全に下ろした。何度受け止めても、歩花は小さくて軽い。それに良い匂いが……いや、今は飯だ。


「さあ、食べようか」

「わぁ、いい香りだね!」


 一緒に「いただきます」をして、さっそくスプーンで雑炊を味わってみる。うまく出来ていると良いのだが……。


 ……!!


 口へ運ぶと鮎と見事に調和したぞうすいの味が口内に広がった。これは驚いた。ほっこり優しい味で上出来じゃないか。


 我ながら完璧に仕上がった。


 歩花も満足そうに鮎ぞうすいを味わっていた。……良かった、俺はこの笑顔の為に頑張れるのだから。


 気づけば、俺も歩花も鮎ぞうすいを完食していた。



「「ごちそうさまでした」」



 食事を終え、片付けを進めていく。

 ほとんど紙皿など使い捨ての容器を使ったので、そのまま捨てられた。ゴミは防臭袋へ。これを念のために二重で包む。

 そして、インディ272のリアボックスへ。

 こうしないとゴミの臭いで部屋の中が大変なことになるからな。


 その時、隣の軽バンで休んでいた飛騨さんが出てきた。


「こんばん、回くん。あれ、ひとり?」

「ええ、まあ。今はゴミを収めにリアボックスに回っていたんですよ」

「へえ、軽キャンピングカーってリアボックスが装備されているんだね」

「そうなんですよ。バイクみたいでしょう?」

「そういえばそうだね。配達の人とかつけてるもんね。ていうか、車に装備していいんだ?」


 疑問をぶつけてくる飛騨さん。もちろん、俺はその辺りの知識も備えている。キャンピングカーという特殊な車両に乗る以上は、法律の勉強も必須だからだ。


「あれですよ、たまにリアに自転車を積載している人いるじゃないですか。あれと同じ要領です」

「あー、ロードバイクとか乗せている車を見かけるわ。サイクルキャリアだっけ」

「それです。トウバーマウントも言うそうです。あと、ルーフタイプもありますね。道交法によれば自分の車の全長10%以内に収まればオッケーらしいです」


「そうなんだ、博識だね回くん」


 笑顔を向けられ、俺はドキドキした。やっぱり、飛騨さんは大人の魅力満載だな……。それに、夏で薄着なせいか胸元とか。って、これわざと見せつけてる……?


 歩花よりは控えめだが、ずっと眺めたくなるほどの造形美。って、なにを見ているんだ、俺は。

 このままでは浮気認定され、俺はズタズタに引き裂かれてしまうだろう。

 やべえ、邪念を振り払え俺!


 そんな中だった。

 誰かが飛騨さんに話しかけていた。


「お姉さん、お姉さん。どこから来たの~? ひとり~?」

「え……」


 飛騨さんは顔が引きつっていた。ま、まさか。


「飛騨さん、この人」

「うん、知らない人」


 やっぱりな。

 こういう場所で女性ひとりだけと思われたのだろう。俺がいるんだがな。


「お姉さん、ひとりでしょ。俺と飲み明かさない?」

「あの、すみません。私には彼がいるので」

「え? この男? 彼氏?」

「あー…、一応そんな感じかもです」

「一応? じゃあ、違うってことだよな。お姉さん、こんなモヤシみたいなヤツと絡むより、俺と来いよ」


 飛騨さんの腕を引っ張ろうとする男。だが、俺は阻止した。


「止めろ」

「あぁ? なんだ、モヤシ。ぶっ殺されてぇのか!?」


 顔を近づけてくる男。



「うわ、酒臭ッ!!」



 コイツ、酔っているんだ。

 なんて性質たちの悪い……。



「おい、モヤシ小僧! この俺様に喧嘩売ってんのかァ!?」

「売ってないですよ。悪いですが、お引き取りを」

「んだとォ!!」


 胸倉を掴まれ、俺は暴行を受けそうになった。――が、ちょうどパトロールで巡回していたパトカーがこちらに気づいて、二人組のお巡りさんが慌てて降りてきた。


 酔っ払いの男を取り押さえてくれた。



「おい、お前! なにをしている!!」

「胸倉を掴んだ時点で暴行罪が適用される。それくらい分かるだろうに」



 ジタバタ暴れる男は、お巡りさんにも手を出してしまった。



「はい、公務執行妨害ね」



 ついに酔っぱらいは連行されて行った。最後までギャーギャー騒いで……アホだ、アイツ。

 調子に乗って酒を飲みまくるから、あんなことになる。

 酒は飲んでも飲まれるな。



◆あとがき

いつも応援ありがとうございます!

少し早いですが、岐阜編ももう少しで終わりです。

次回は京都編か静岡編になる予定です。

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