三年前の事件

「わたしの名は歩花です」



 自己紹介され、俺は脳に電気が走った。……思い出したよ。


 彼女の名は『歩花』。


 秋月あきつき 歩花あゆかだ。



 子供の頃の幼馴染だ。かなり小さい頃だから覚えていなかった。まさか、また再会する日がくるなんて思わなかった。

 もう二度と会わないと思っていたし、記憶すらなかった。



 けれど、俺の家にこうして現れた。


 あの頃とはまるで違う雰囲気で。


 なにもかもが成長している。



「……歩花なのか」



 コクコクと静かにうなずく歩花。なにもかもが昔とは違う。子供の頃は、もっと明るくて活発な子だったはずだ。それが今は魂が抜けたみたいになっている。


 なにかあったんだ。



「頼る相手がいなくて……」

「それってどういう意味だ? 家は? 家族は?」



 だが、歩花は首を横に振るだけ。

 ……もしかして、事件でもあったのか。

 だから俺を頼って……?


 事情があるのは確かだ。

 俺は歩花を家へ招いた。



「…………変わってない」



 俺の家の中をキョロキョロと見渡す歩花は、懐かしそうにしていた。そうだな、昔はよく遊んだっけ。



「ほとんど変わってないよ。さあ、こっちだ」

「……」



 リビングへ入り、座らせた。

 茶を淹れて俺は改めて歩花に視線を合わせた。

 こんなに怯えるように物静かになってしまって……なにかあったのは間違いない。



「教えてくれ、歩花。なぜ俺の家に来た」

「……それは、その」

「言いにくい事なのか」

「……わたしにはもう家も家族もいない」


「……ッ」



 ま、まさか……これは予想以上に重い話なのか。俺は覚悟して耳を傾けた。



「ひとりぼっちで住む場所がないから……」

「マジかよ。そこまで深刻だったなんて、悪かった」

「ううん、いいの」


 ここまで変わり果てているんだ。歩花の話していることは全て本当なのだろう。しかし、この流れからして……歩花を家に住まわせるってことだよな。


 年頃の女子と一緒に住む?

 ……俺の身が持つかどうか。


 けど、放っておくわけにもいかないか。



「分かった。親父に聞いてみる」

「ありがとう……ごさいます」



 歩花は、目尻に涙を溜めていた。

 それ見て俺はしっかりしなきゃって思った。



 ――その夜、親父が帰ってきたので俺は歩花のことを話した。




「回、歩花ちゃんのことなら聞いているよ。春夏冬ウチの子になるから、お前の義理の妹になるんだ」


「――は!? 義理の妹!?」


「そうだ。嬉しいだろう! ピチピチの中学生だぞ」



 ガハハと笑う親父。

 おいおい、笑っとる場合か!!


 歩花は、驚くほど容姿が整っているし、かなり美人だ。はっきり言ってアイドルにいてもおかしくないレベルだ。


 そんな女の子が俺の妹!?

 マジかよ。


 ……いや、嬉しいけど……俺はずっと一人っ子だったからなぁ。妹だなんて……想像もしたことなかった。



「いいのか。本当に」

「仕方ないさ。歩花ちゃんは、我々の想像を絶するほどの経験をしてきた」


「なんだよそれ、詳しく」


「……ダメだ。こればかりは話せない。回、お前には荷があまりにも重すぎる」



 それほど歩花に辛い出来事があったのか。両親に不幸があったとか……。だとすれば、それは言い出せないよな。


 これ以上詮索するのも悪い。

 俺は事情は聞かないことにした。



「分かったよ。歩花と一緒に住めばいいんだろ」

「そうだ。回、お前が歩花ちゃんの傷付いた心を癒してやるんだ」

「俺が? めんどくせぇな」

「馬鹿者。女の子は宝石のように大切にしろ。そうすれば、父さんのように幸せな家庭が持てるぞ」


「そういうもんかね」



 とりあえず俺は様子を見ることした。

 それから歩花と住む毎日が続いていく。



「……」



 以降、会話は一切なかった。

 俺から話しかけようとするが、なんかそういう空気でもなくて……話しかけられなかった。


 歩花はずっと黙ったままだった。



 ――ある日、事件は起きた。



「歩花……俺の部屋になんの用だ」

「……回お兄ちゃんさ、わたしのこと嫌いなんでしょ」


「へ?」


「邪魔だよね。邪魔者だよね。ごめんね、ごめん。歩花が悪かった。せめて、お兄ちゃんの目の前で死ぬね」


 いきなり包丁を取り出し、首元に向ける歩花。まてまて、正気か!?


 突然の行為に俺はビックリして頭が混乱した。



 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで……歩花はいきなり!?



 止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ!!



 そうだ、止めなきゃ!!



「歩花! 命を粗末にするな!!」



 俺は包丁を取り上げて投げ捨てた。



「…………わたしはいらない子なんだ。お兄ちゃん、あれからずっと歩花と話してくれないじゃん……どうして」


「違う。そうじゃない。歩花、お前は……美人すぎるんだ」


「…………え」


「可愛い子と話すの……慣れてないんだ俺。彼女もいたことないし」



 くそっ、ぶっちゃけてしまった。恥ずかしいッッ!! けど、仕方ないか。それが俺の事情だったし。



「……そうだったんだ。わたしの勘違いだったんだ」

「そうだ。俺はどう話していいか分からなかったんだ。だから、歩花が邪魔者だとか、そんなことは関係ないんだ」



 それから歩花は脱力して、ボロボロ泣いていた。以来、俺と歩花の仲は急接近し……本当の兄妹のようになった。



 一週間後、歩花は俺の部屋で寝るようになっていた。自分の部屋が貰えたのにも関わらずだ。



「ねえ、お兄ちゃん」

「どうした、歩花」

「お兄ちゃんは、もうすぐ高校二年生だよね」

「そうだな。歩花も高校一年生だっけ」


「うん。お兄ちゃんと同じ高校へ行きたいな」

「それは楽しみだ。ぜひ同じ学校に進学してくれ」

「でも、歩花……馬鹿だから、無理かも」

「俺が勉強を教えてやるさ」

「お願いね」



 ――歩花はそれから、俺と同じ高校に入ってきた。俺の学生生活は一変し、世界が変わった。


 高校の二年間を歩花と共に過ごし、しばらくして俺は高校を卒業し、大学生になった――。

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