はじめて貰って欲しいな……

 イチャイチャしていれば、あっと言う間に時間が過ぎた。これ以上、みんなを待たせるわけにはいかないな。


 俺は飛騨さんの車へ向かい、出発を頼んだ。


 彼女のクールカーキパールメタリックの『エフリイ』が先導してくれる。その後ろに俺が、更に後方にアルフレッドさんの車がついていく。


 いよいよ平湯からおさらばだ。


 平湯インターチェンジを抜け、再び国道158号へ。


 のんびりした山道を走っていく。


 今日は天気も最高に良くて、山々の景色に目を奪われる。最高のドライブ日和だ。



「ナビによると、ここから一時間半らしい」

「そうなんだ。意外と近いんだね」

「けど、ずっと山が続くから景色はあんまり変わらないかもな。歩花、好きな時に寝ていいからな」


「ううん。お兄ちゃんと話す方が楽しいから起きてる」

「そういえば、歩花はドライブ好きだもんな」


「流れる景色を楽しむのもドライブの醍醐味なんだよ~」


 そういえば、地元にいた時にカーシェアリングでよく遊びに行ったっけな。歩花は決して寝ることなく景色を楽しんだり、俺と会話したり……。

 ああ、そうか。常に俺の隣にいたんだな。


「そうだな。俺も歩花と話している時が楽しいよ」

「お兄ちゃん……。そう言ってくれるとね、歩花ね、すっごく嬉しくてなんでも許せちゃう。でも浮気だけは絶対ダメだからね」


「大丈夫だ。今は二人きりだろ」


「今は――ね。車から降りたら、美人で大人な飛騨さんがいるもん」


 少し頬を膨らませる歩花は、これまた不満そうに前の車を直視した。……いかんな、また病み病みにならないといいが。


「飛騨さんは社会人だからな。ペットショップの店員らしいからなぁ、なんかいいよな」

「むぅ。お兄ちゃん!」

「下心はないって。本当だ」


「本当かなぁ……」

「兄を信じろ」


「そ、それなら……なにかある前に……歩花としようよ」


「――ッッ!?」


 急にそんなことを言われ、俺のハンドルが乱れた。車が左右に揺れて危うく事故るところだった。あっぶね……!


 歩花のヤツ、そんなに俺と……いや、嬉しいけどね。もちろん嬉しいさ。俺だって望んでいる。だが、紺やアルフレッドさん、飛騨さんがいる現状ではなかなか厳しい。


 歩花を大切に思っているからこそ、俺は下手に手を出せないでいた。


「同じクラスの女子で経験してる子、多いよ」

「そ、そ、そうなのかぁ!?」(←思わず声が上擦った俺)


 今どきの高校生は進んでいるんだな。

 俺の時代ではありえなかった。


 ていうか、俺が陰キャだっただけかもしれないが……。


 まず、女子と接点なんてなかったわけで。

 高校時代、俺はまだ歩花とも今ほど仲が良かったわけでもないしな。ここまで俺にベッタリになったのも、まだ一年前ほどだ。



「だ、だからね。早く歩花の……はじめて貰って欲しいな……って」



 耳まで真っ赤にしてうつむく歩花は、かなり無理をしているようだった。てか、車の中で話す内容か、これ!?


「お、俺なんかでいいのか」

「お兄ちゃんじゃなきゃ嫌だよ。お兄ちゃんのはじめても、歩花が良いな」

「分かった……肝に銘じておく。だから、心配するな」


「うん、約束だからね」



 その後、なんだか気まずくなって会話が無くなった。なので俺は音楽を流して空気を変えた。


 流れてくる名曲に俺は懐かしさを感じた。


 あれ、この曲……。



 あの日、歩花と出会った時にも流れていたっけな。



 * * *



 ――三年前――



 まるで世界が終わるような、そんな紫色の雨雲が空を覆いつくしていた。


 雨はしとしと降り、出掛けるのも億劫になった。

 今日の俺は、そんな天候もあって元気が出なくて脱力していた。俺はいつの間に脱力系になったんだかな。


 もうすぐ高校二年か。


 このまま彼女もできずに終わるのかな。

 それも嫌でキャンプ部の体験入部をしたが、あれは軍隊だった。あれを続けるのは無理だ。


 でも、安曇野という女子は明るくて可愛かったなぁ。


 少しの間ではあったけれど俺は幸せを感じていた。あんな女の子と一緒に過ごせたら毎日が楽しいだろうに。


 だが、次の日。


 まるでそんな祈りが届いたかのように、女の子は現れた。



「――――」



 俺の家の玄関前に黒髪の女の子がいた。

 あまりに漆黒で艶があって驚いた。パッチリとした大きな瞳で俺を映し出し、こちらに無気力な目線を送る。


 俺と同じ目をしているなって……思った。


 それにしても地元の中学校の制服か……。

 こんな子がなぜ玄関に。


 女の子は瞬きもせず、静かに俺だけを見つめる。


 ……なんだか希薄な存在に見えた。



「君は、いったい」

「……お兄ちゃん」



 ようやく声を振り絞ったかと思えば、女の子はそんな風に俺を呼んだ。


 お兄ちゃん?


 まてまて、俺をそんな風に呼ぶ女の子はいないはずだが。


 けれど、なんだろう。酷く懐かしい。


 なんだ、なんで……こんなに胸が痛くなるんだ。

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