喫茶店『マスタシュ』で甘辛のトルティーヤ

 数十分後、N-VANが隣に停車した。

 これはアルフレッドさんの車で間違いない。紺が手を振っている姿が見えた。


「紺が来たぞ。行くか」

「うん、お兄ちゃん」


 キャンピングカーを降りて、紺とアルフレッドさんと合流を果たした。


「おはようございます、回様と歩花様」


 馬鹿丁寧に挨拶するアルフレッドさん。さすが生粋の執事だ。


「おはよ、回お兄さんと歩花ちゃん」


 紺も元気よく挨拶してくれる。


「おはよ、紺、アルフレッドさん」

「おはよう~。紺ちゃん。アルフレッドさん」


 挨拶を済ませると、紺が首を傾げた。

 背後の女性が気になるらしい。


「えーっと……あのお姉さんって、もしかして」

「ああ、紺も前に会ったよな。安曇野スイス村で」

「やっぱりそうだよね! 飛騨ひだ 夏織かおりさん!」


 よくフルネームで覚えているな。

 紺は記憶力が良いらしい。


「よろしくね、紺ちゃん」

「よろしくお願いします、飛騨お姉さん」

「うーん、できれば名前の方で」

「じゃあ、夏織お姉さん」

「うん。お姉さん呼びなら、そっちの方がしっくりくる。よろしく。……ところで、そのおじ様は?」


「執事のアルフレッド。あたしの専属です」

「え……!? 専属!?」


 飛騨さんは、目を白黒させた。

 俺の方に『ほんと?』みたいな眼差しを向けてくる。俺は『本当だ』と目線で送った。


「お嬢様のご紹介に与りました、アルフレッド・スナイダーと申します。ドイツ人の混血でございまして、御縁あり、お嬢様の執事をしております」


 なんだか、いつも以上に丁寧だなぁ。

 ていうか、アルフレッドさんって、ドイツ人のハーフだったのか!? 道理で日本人離れしていると思ったけど。


「わぁ、本物の執事さんなんだ。はじめてみた。よろしくお願い致します」


 挨拶は終わり、いよいよ『カフェ・マスタシュ』へ。

 喫茶店はもうオープンしているようだ。

 お客さんもいないし、今がチャンスだな。


 店へ向かい、扉を開けた。


 中は木造でとても落ち着いている。

 これは喫茶店『まるも』を彷彿とさせる内装だな。

 う~ん、木の匂いがたまらない。最高だ。


 珈琲の匂い。

 落ち着いた昼光色の照明。

 開放感ある空間。

 レトロでオシャレなインテリア。


 こんな山奥にこんな素敵なカフェがあるなんて、感激だなぁ。



「おぉ~、お兄ちゃん。ここすっごく良いね」

「ああ、これぞ喫茶店だな」



 少し進むと店員さんが「いらっしゃいませ~」と出迎えてくれて、席を案内してくれた。

 テーブルは、四つしか椅子がないのだが、店員さんが気を利かせて椅子を追加してくれた。


 俺、歩花、紺、アルフレッドさん、飛騨さんは隅のテーブルに着席した。



 さっそくメニューを選んでいく。



「う~ん……これは悩むなぁ」

「回お兄さんの気持ち分かりますぅ! あたしもどれにしようか凄く悩んでますよ~」


 俺はともかく、紺まで優柔不断なタイプだったとは。

 歩花はもう決まったようだ。


「歩花はね~、トルティーヤサンドセットでカフェオレ」

「トルティーヤかぁ。俺もそれにするかな」

「わぁ、お兄ちゃんと同じだー」


 歩花はにんまり喜んで上機嫌だ。

 すると、紺も同じものを選択。

 なんか分かる。

 悩んだ時は、誰かが決めたものに便乗したくなるんだよな。


 アルフレッドさんは半サンドセットでブレンドコーヒーにしていた。あとは飛騨さんだが――。


「私は小倉トーストと紅茶のセットにする」

「へえ、小倉トーストってあのあんがたくさん乗ってるヤツですよね」

「そそ。甘くて美味しいんだよね」


 それぞれの注文が完了し、あとは待つだけ。楽しみだな。

 わくわくしていると、飛騨さんが話しかけてきた。


「そういえばさ、回くんってどこの出身なの?」

「俺は相模原ですよ。歩花も紺もアルフレッドさんも同じですね」

「あ~、そうなんだ。紺ちゃんたちもそうなんだ」


 納得する飛騨さんは、どこか羨ましそうな表情だった。


「はい、あたしとアルフレッドも地元は相模原です」

「へえ~、ていうか、紺ちゃんってお嬢様なんだね。すごく可愛いし」

「そ、そんなことありませんよぅ」


 顔を真っ赤にする紺。

 めっちゃ照れてるな。

 いや実際、紺は可愛い。お嬢様らしい気品もあるし、明るくて活発的な性格が太陽のようにまぶしい。


 一緒にいるだけで楽しいと感じられる。


 などと思っていると、歩花がこっそり俺の手を握ってきた。その目は……笑っているけど、笑っているようには見えなかった。


 ――いかん。


 俺はアイコンタクトで『大丈夫だ、俺を信じろ』と送った。察した歩花は負のオーラを引っ込めてくれた。……ふぅ。


 しばらくして、注文したメニューが届いた。



 トルティーヤとカフェオレが並べられていく。すげぇ良い香りだ。



「アルフレッドさんは半サンドセットも届きましたね」

「ええ、素晴らしい出来栄えです。いわゆる、インスタ映えですな。ハッハッハ」


 アルフレッドさんは、スマホのカメラで器用にパシャパシャ写真を撮っていた。ま、まさかSNS慣れしてるのか……! 意外すぎるだろ。



 最後に飛騨さんの小倉トーストと紅茶のセットもテーブルに並んだ。餡と紅茶の香りが食欲をそそらせる。たまらんなぁ、この甘い匂い。



「どう、回くん。いいでしょ」

「小倉トースト、めちゃくちゃ美味そうですね」

「少し分けてあげるよ。その代わり、回くんのトルティーヤも分けて?」

「いいですよ」


 ほんの少し切り分け、お互いに交換した。


「お……お兄ちゃん。歩花も……」

「いや、歩花はトルティーヤだからなぁ。交換しようがないし」

「はぅ……。そうだった……うぅ」


 残念そうに肩を落としつつも、歩花はトルティーヤを口にした。すると、ぱぁと笑みを零した。


「どうした、歩花」

「すっごく美味しいよ、これ!」

「マジか。どれどれ……」


 ぱくっとトルティーヤをいただく俺。


 んまッ……!


 サラダがシャキシャキで瑞々しい。それに、ほどよい甘辛。これは味わい深い。


 朝から、こんな美味しいものを皆と一緒に食べられるなんて幸せすぎだぁ。

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