お兄ちゃんのこと、こんなに愛してるのに……(殺意)
「飛騨さん、ちょっと待って下さい」
「えー、いいじゃん。回くん、一人でしょ?」
「いやいや、妹がいるので……」
「ああ、そうだったけ」
前に話しているはずなんだけどなぁ。とにかく、離れて貰わないと俺の命が無さそうだ。
「今日は、このまま高山駅まで向かおうと思うんです。友達と合流してからですが」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、一緒に行く? あっちは地元みたいなものだし、案内してあげるよ」
「マジっすか!」
喜んでいると、更に背筋が凍った。
……やっべぇ。
なんかすげぇ睨まれてるような気が。いや、気のせいではないな。この殺気はもう確定だ。
キャンピングカーの窓から歩花の視線を感じる。まずい、まずい。
「じゃあ、決定ね。そのお友達はいつ来る?」
「う~ん、まだ連絡取ってないですからね。早くて九時とかでしょうね」
「分かった。じゃあ、それまで周辺の探索でもしよっか。おすすめの喫茶店もあるし、あ、そうだ。マスタシュってカフェがオシャレでおススメなんだ」
マスタシュは、この平湯温泉にあるカフェのひとつらしい。ネット評判も高く、朝八時からオープンしているようだ。
時間もあるし、寄っていくか。
「そこに決定で」
「うん。案内するね。先導するからついてきてね」
「了解です。飛騨さんのことは妹……歩花にも伝えておきますから」
「よろしくね! 後で挨拶するから」
「分かりました」
一旦、別れ――俺はキャンピングカーへ戻った。
……さて。
ここからが問題である。
どうしたものかね。
入るしかないんだけどさ。
なんだろう……非常に禍々しいオーラを感じるのだが。この扉を開けた瞬間、俺の命が奪われる気がしてならない。
いいのか、俺よ。
この扉を開けてしまっても。
…………。
それしか選択がないんだよなぁ。
俺は死を覚悟して扉のノブに手を掛けた。ゆっくりと開けていく。
その時だった。
「お兄ちゃんの浮気者ぉぉぉお!!!」
ブンッとナイフが俺の頬を掠めた。
「うわッッ!?!?!?」
「歩花……お兄ちゃんのこと、こんなに愛してるのに……大好きなのに。なんで、なんで、なんで、なんで、なんでっ……!
そんなに大人の女性がいいの!? 安曇野さんとかあの飛騨さんみたいな魅力のある女性がいいの!? 歩花、いらないの!?」
ブン、ブン、ブンっとナイフが目の前で振り回されて、俺は戦慄した。……死ぬ、死んでしまうっ!
「お、お、落ち着け!! ストップ!!」
「奪われるくらいなら、お兄ちゃん殺してもいいよね!?」
めっちゃ大声で叫ぶものだから、周囲の人たちが何事かと見ているような気がした。やっべ、事件に発展しかねんぞ!!
通報されるって……!
やばいやばい、歩花をなだめないと。
俺は歩花を抱いて落ち着かせた。
「ほらほら、お兄ちゃんに抱きついていいからさ」
「……お兄ちゃん。本当に浮気してないの?」
「するわけないだろ。歩花の勘違いだ」
「でも、抱きつかれた」
「いや、あれはどちらかと言うと泣きつかれていたというか」
飛騨さんのことを歩花に話した。すると、歩花は勘違いしていたと認めてくれた。
「えっ……そうだったんだ。親友と遊べなくなっちゃったんだ。それで帰ってきていたんだね」
「で、たまたまこの平湯料金所前の駐車場に立ち寄ったらしい」
そう話すと、歩花は力を弱めて顔を真っ赤にしていた。
「……あは、あはは……。ごめんね」
「いいよ。その代わり、機嫌は直してくれよ」
「うん、ごめんね」
「ケガもないし、大丈夫だ」
俺は歩花の頭を撫でて、安心させた。
病む病むは比較的早い段階で解消。……ふぅ、良かった。朝からは心臓に悪すぎるぞ。
居住区から降り、運転席へ。
さっそく、飛騨さんについていく。
「カフェに行くの?」
「そそ。飛騨さんのおススメだってさ」
「へえ、楽しみっ」
歩花が助手席に乗り込んだところを確認し、俺はエンジンを掛けた。
* * *
朝八時半。
山々に囲まれた山道を法定速度を守りつつも爽快に走っていく。なんて気持ち良い天気なんだ。
標高の高いおかげで窓を開ければ涼しいくらいだ。
車を走らせると『カフェ・マスタシュ』の看板が見えてきた。
おぉ、あの木造か。
森のように落ち着いているなあ。
駐車場もあるようで、そこへ停めた。
「歩花、着いたぞ」
「ここがカフェなんだ~。お山が直ぐそこで景色最高だね」
「良い場所にあるよなぁ。おっと……紺からも連絡来たっぽいな」
「あ、本当だね。電話来たよ」
せっかくだ、紺たちも合流してからにしよう。
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