何度も何度も甘いキスを

 キャンピングカーの中で、ほのぼのとした夜が続く。

 ケトルでお湯を沸かしてコーヒーを淹れた。


 星空を楽しみながら飲む一杯。最高だ……。


「このコーヒー美味しいね、お兄ちゃん」

「そうだろう。安物のスティックコーヒーだけどな」

「ううん。こういう山奥だと格別だよ」


 微笑む歩花は、満足そうにコーヒーを味わっていた。良かった、機嫌は良いみたいだ。

 サブスクの映画を見ながら、まったりとした時間が続く。


 映画は、未来から殺人マシーンが送られてきて、ある女性が狙われるというものだった。暗殺を阻止する為に、更に未来から男がやってきて女性を助けていく。


 殺人マシーンに追いかけられつつも、ヒヤヒヤするシーンが続く。


 そんなあるシーンで男女が恋仲に落ちて――とうとうベッドシーンへ。



「……ぁ」



 歩花が気まずそうに顔を真っ赤にした。俺もなんだかちょっぴり複雑。



「…………そ、その、今のは過激だったな」

「……うん。お兄ちゃんも、歩花と……ああいうのしたいの」


「――なッ」


 突然そんなこと言うものだから、俺はコーヒーを噴きだしそうになった。


「そ、そ、それは……」

「する?」


「す、するって……なにをォ!?」


 歩花は無言のまま俺の方へ向かってくる。その瞳は潤んでいて、まるで望んでいるようだった。……いや、多分ずっと待ってる。


「分かってるクセに。お兄ちゃん……さっきの映画みたいなことしたいよね」

「ぐっ! 歩花、顔が近いって」

「キスしたいな」

「コーヒー臭いかもしれんぞ」

「別にいいよ。歩花も同じだもん」



 俺が止めるよりも先に歩花が俺の唇を奪う。……コーヒーのニオイがして、脳がいつもよりもビリビリする。


 あぁ、もう押さえていた感情が爆発した。


 理性なんて丸めてゴミ箱へポイだ。



「歩花……もっと」

「うん。いいよ、いっぱいキスしてね」


 俺は歩花をベッドへ押し倒して、キスを繰り返した。何度も何度も甘いキスを。


 恋人繋ぎをして、ゆっくりと時間を過ごした。



 * * *



 歩花が俺の上で寝ている。

 こんな風に寝るのはいつ振りだろう。


「さすがに山奥で夜ともなると寒いな」

「ちょっとね。でもお兄ちゃんの体温で温かいから平気」

「俺も歩花が温かくて……抱き枕みたいに挟めて幸せ」

「もっとラブラブしようね」

「ああ、明日も明後日も一緒だ」


 夏休みもあと半分あるかないか。

 意外と全部を回るのは無理かもしれない。けど、ギリギリまで歩花と共に車中泊の旅を続けたい。


 大好きな妹の為に。



「……眠くなってきた」

「ああ、寝ようか」

「お兄ちゃん……。回お兄ちゃん……好き」

「俺もだよ、歩花。ずっと一緒にいような」

「歩花を捨てないでね」

「捨てるわけないだろ。俺の可愛い妹なんだから」


 頭を撫でると、歩花は気持ちよさそうに瞼を閉じた。なんて可愛らしい寝顔。猫よりも可愛い。断言できる。


 さて、俺もそろそろ寝よう。


 明日に備えねば。



 ――翌朝。



 目を覚ますと、歩花がまだ寝ていた。そっと起きて俺は周囲を見渡す。


 そういえば『平湯料金所』にいるんだったな。残っていた車は一台だけ。あとはバイクが数台。


 時刻は朝七時。


 俺はトイレでも行こうとキャンピングカーをそっと降りた。


 外は、思ったよりも寒かった。



「……標高があるせいか肌寒いな」



 とにかくトイレへ向かおうとすると、ちょうど車が入ってきた。……あれ、見覚えのある“エフリイ”だな。


 あのクールカーキパールメタリックのエフリイ、どこかで……あっ!


 そうだ、長野の『安曇野スイス村』にいた人じゃないか。名前は確か……飛騨ひださんだ。



 俺が予想した通り、停車したエフリイから女性が降りてきた。あのお淑やかな大人の女性は間違いない。

 向こうも俺の存在に気付いたようで、トコトコ走ってきた。



「あれ~、もしかして君……! 回くん?」

「あー、飛騨さんですよね?」

「そうそう! わたし、飛騨ひだ おりだよ。よく覚えていたね」


「会ったの数日前ですからね。それに、飛騨さんのクールカーキパールメタリックの『エフリイ』は印象深かったですし」


「それで覚えてくれていたんだ。嬉しい」


 ニパッと笑う飛騨さんの明るい笑顔に、俺はドキドキしまくった。……な、なんだこの人。歩花とは違った女性の魅力を感じる。

 それに、話し方も以前よりもフランクな気がする。


「いえいえ。ところで、飛騨さんは長野とか回るんじゃなかったんです?」

「あー、それがね。友達が急に遊べなくなったの。遠距離恋愛で疎遠だった彼氏と再会したとかで、信じられないよね! 親友のわたしより彼氏を取るとかさぁ……」


 唇を噛んで涙する飛騨さんは、どこか寂しそうだった。そうだったのか。


「これから岐阜に戻るんです?」

「ぼっちになっちゃったからねえ~…。一人で観光もちょっとね……。あ、回くん、良かったら彼氏になってよぉ~」


 うわぁっと俺に泣きつく飛騨さん。やっば……すげぇ良い匂いする。これが大人の女性かぁ……。



 って、なんだか悪寒・・が!!!



 ま、まさか……!

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