妹と露天風呂でまったり

 長い長い『ぼうトンネル』を走り続けた。

 どうやら、距離4.4kmもある模様。

 その間は、歩花の大好きな曲を流して走行。雑談も交えて進めば、ようやくトンネルの先へ出た。


 平湯料金所。

 今日のゴール地点である。


 いったん宿泊予定地である『トイレ』方面へ停車。どうやら、自由に停めていいらしい。


「……ふぅ、もう日が沈みかけているな」

「もう十八時過ぎだね、お兄ちゃん。お腹減ってきた」

「そろそろ飯にしたいが、紺とアルフレッドさんはここで一旦お別れかな」

「そうだね。二人は寝るところがないだろうし」


 俺はいったん車から降り、X-VANの方へ向かった。向こうも察して車から降りてきた。アルフレッドさんが優しい瞳で俺を見据える。


「回様、我々は宿へ向かいます」

「今日はどちらへ?」


 それは紺が答えた。


「匠の宿、深山桜庵ですよ、回お兄さん」

「へえ? どれどれ」


 スマホで軽く調べると、超高評価で料金も二万~六万クラスと高級宿だった。……うわ、この辺りでは一番良い宿じゃないか?



「羨ましいなぁ」

「回お兄さんと歩花ちゃんも来ます?」

「いや、せっかくだから車中泊したい。悪い」

「いいですよ〜。ラインはしますね!」

「ああ、じゃあまた明日……朝の九時くらいでいいんじゃないか」

「分かりました! またここへ来ますね」

「おう。アルフレッドさんもまた」


 俺は手を振った。

 アルフレッドさんは深々と頭を下げ、運転席へ。紺は元気よく手をブンブン振って戻っていった。本当、元気だな。


 キャンピングカーへ戻り、俺は歩花に提案した。



「なあ、歩花。飯の前に温泉へ行くか」

「え、温泉あるの?」

「ああ、調べたんだけど『平湯の湯』という民俗館と併設されている露天風呂があるってさ。なんと300円で入浴できるらしい」


「安いね~! 混浴できる?」

「……こ、混浴は無理だろ。たぶん」

「えー…そろそろお兄ちゃんの体を洗いたい」

「それは嬉しいけど、また今度な」

「うん、じゃあ行こっか」


 車を発進させ、温泉へ向かった。



 * * *



 平湯の湯までは十分程度で到着。

 ナビに従い、山奥の中に入った。

 こんな場所にあるのか。


 まるで昔の集落みたいな場所だった。これから向かう白川郷と同じタイプの古民家だな。あれは『茅葺かやぶき屋根やね』というらしい。


 緑に囲まれて雰囲気あるなあ。


 駐車場は俺たちだけだった。今なら貸し切りかな。


 着替えを準備して、さっそく車を降りた。


「足湯もあるみたいだな、歩花」

「おー、気持ちよさそうだね」


 足湯はスルーして、古民家の並ぶ道を歩いていく。どうやら、この辺り全体が温泉施設のようだ。


「これは凄い。民家を利用できるようだ」

「うん、古風で素敵。なんだか風流だね」


 そのまま歩くと温泉が見えてきた。さすがに男女で別れているな。


「じゃあ、また後でな」

「……お、お兄ちゃん。今なら大丈夫じゃない? だって駐車場に人いなかったし……たぶん、貸し切りだよ」


「……っ! そ、そりゃあ俺だって歩花と一緒がいいよ。でも、万が一があったら困るし」


「でも」

「あとで甘えさせてやるからさ。その代わり、スマホで連絡はしてもいいぞ。ほら、防水ケース持ってるだろ」


「うん、分かった。そうするね」


 着替えを“ぎゅっ”と抱きかかえる歩花は、ちょっと不安気に女湯へ。……本音を言えば、混浴したいさ。でも、俺が女湯に入るわけにはいかないし、逆に歩花を男湯に入れるわけにもいかない。


 もし、他の客がきたら……アウトだからだ。リスクが高すぎる。


 俺は男湯へ向かい、脱衣所に入った。

 木造で落ち着いた空間だ。


 服を脱いで――いよいよ温泉へ。


 扉を開けると貸し切りだった。俺一人か。というか、露天風呂しかないんだな。目の前には屋根付きの温泉が広がっていた。にごり湯か。


 足元に気を付けて入っていく。


 ゆっくりと腰、肩と湯に浸かって――ふぅぅぅ……。思わず声が漏れてしまった。


「極楽極楽……」


 辺りはもう逢魔時おうまがとき

 空は紫色に染まり、闇が訪れようとしていた。


 俺は湯に浸かって疲れを癒していた。ひとりでこの空間を独り占めできるとか最高だな。


 そんな時だった。



 スマホがピコッと音を鳴らす。

 さっそく歩花から連絡がきた。



歩花:お兄ちゃん、どお?

回:快適だよ。歩花も温泉どうだ?

歩花:うん、気持ちいよ。でも……一人で寂しい

回:もう十分は我慢してくれ


歩花:寂しいから……今、お兄ちゃんの後ろにいるよ



「――んなッ!?」


振り向くと、そこにはバスタオルを巻く歩花がいた。


「来ちゃった」

「き、来ちゃったって! 歩花、ここ男湯!!」

「大丈夫だよ。誰もいないもん」


 歩花が入ってくる。

 俺の正面に立ち、そのまま腰を下ろす。そして、大胆にも俺に抱きついてきた。


「あ、歩花!!」

「お兄ちゃん……好き。大好き」


 ぐいぐい甘えてくる歩花。

 やっぱり歩花は止められないな。けれど、幸せだ。俺は……ずっとこうしたかった。

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