妹の胸を支えていた件

 また会おうと約束して、俺は出発した。

 安曇野のエックストレイルが別の方向へ走っていく。ここで俺はようやく別れを実感した。


「お兄ちゃん、寂しいの?」

「少し……いや、本音を言えば結構な。楽しかったから」

「そうだね。歩花も楽しかったよ」


 歩花もなんだかんだ寂しそうだった。紺は少し涙目だった。


 ……またいつか来よう、長野に。



「さて、出発するか。今から『岐阜』の飛騨ひだへ向かう。といっても、途中で車中泊するけど。

 紺、移動距離にして55km、時間も一時間以上掛かるが……大丈夫か?」


「次は岐阜なんですね! なかなか遠いですけどがんばります」


「……で、実は言いにくいんだが国道158号を走って行くんだけど、途中で『ぼうトンネル』を通らなきゃいけないんだ。そこは自動車専用道路で125cc以下は通れないようだ」


「マジですか! あたしのバイクは通れないと!?」

「うん、有料道路らしい。すまん、紺は無理かも」


 紺は、いそいそとスマホで調べていた。


「本当ですね……安房トンネルなんてものがあるなんてー! でも大丈夫です。秘策がありますからね」

「そういえば、まだ秘策を見てないな」

「こういう時の為に用意してあったんです」


 不敵に笑う紺。

 なんだろう、ちょっと嫌な予感がする。それは歩花も同じように感じ取っているようで顔が心配そうだった。


「ねえねえ紺ちゃん、なにをする気?」

「よくぞ聞いてくれました、歩花ちゃん」


 指を鳴らす紺。

 すると、物陰から執事が現れた……!


 って、あの白髪白髭の眼帯は!!



「「アルフレッドさん!!」」



 俺も歩花も驚いて一緒にその名を口にする。……ずっとついて来ているとは思ったけど、こんな近くにいたとはな。



「お久しぶりです。皆様の邪魔にならないよう遠くから見守っておりました」

「そうだったんですね。で……秘策とは?」

「よくぞ聞いてくださいました、回様。実はですね、あちらにX-VANを用意してあるのです」


「え……X-VAN!? マジかよ!!」

「左様でございます。これからお嬢様のバイクをX-VANに乗せます」

「そうか『トランポ』か!」


「はい。今までは私はハイクラスのX-VANで秘密裏に同行していたのです。この時の為に」


 キラーンと目を光らせるアルフレッドさん。そうか、バイクを車の後部座席へ積んで移動するのが『秘策』だったのだ。それはつまり『トランポ』だったんだな。



「紺、考えたな。というか、よくトランポなんて知っていたな」

「いや~、ちょうどバイクが動かなくなっちゃったことがあって。修理に出す時にアルフレッドの愛車であるX-VANを出して貰ったんです」


「そういうことか」


 アルフレッドさん、まさかのX-VANとか趣味が合いそうだな。そうか、バイクを車に乗せて移動すれば自動車専用道路も移動できるわけか。金持ちならではの“秘策”だな。



「では、私はお嬢様のバイクを固定して参りますので」

「分かりました。お待ちしておりますね」



 作業が終わったら紺がラインしてくれることになった。……さて、出発だ。



「歩花、キャンピングカーで待機だ」

「うん」



 ――車で待機すること十分後。



 紺:こっちはオッケーです! ついて行きますね

 回:それじゃ、出発する



 合図をして、俺はついに岐阜を目指した。



 * * *



 県道25号を走り、国道158号を目指す。

 国道まで行けばほぼ一本道だ。


 目的地は『平湯料金所』だ。そこにある屋根付きの駐車場で車中泊可能のようだ。


 でも、紺たちはどうするんだろう……。トランポをしていると車中泊はできない気が。旅館でも取るのかな。



「歩花、紺にメッセージを送ってくれ」

「なんて送る?」


「俺たちは平湯ICにある平湯料金所で車中泊をする。そっちはどうする? と聞いてみてくれ」


「分かった~」



 歩花はスマホを器用に操作してメッセージを送ってくれた。すると直ぐに返事があった。



「どうだった?」

「えっとね、宿を探すって」

「オーケー。あ、それと途中にある『奈川渡ながわどダム』に寄っていこうと思う。そこでいったん休憩にする」


「それも送った~」

「俺は運転中だから助かるよ」


 一分後には返信があった。


「了解だって。岐阜も初めてだから楽しみ」

「向こうは更に山奥で景色も段違いだろうな。今走っている場所も山しかないし」

「そうだね、長閑のどかだよねえ」



 ナビに従い、前進していく。

 ほとんど真っ直ぐだから眠気も誘う。

 いかんいかん、道路はあんまり広くないから下手すりゃ事故る。気を付けないとな。


 たまにはお気に入りの曲でも流していこう。


 そうして車を五十分ほど走らせていれば、ダムが見えてきた。



「あれが奈川渡ながわどダムか」

「ダムの上を走るんだね」

「国号158号に続いているんだな。すげえや」



 ダムの駐車場へ停め、予定通り休憩だ。

 しばらくすると車をノックするような音が。誰だ?


 振り向くとそこにはアルフレッドさんがいた。



「どうしました? これから休憩がてら観光もしようかと思ったのですが」

「それがですね。お嬢様は車に酔ってしまったようで……。やはり、軽自動車は揺れやすいようです。復活までしばらくお待ち頂ければと」


「酔い止めとかあります?」

「いえ……」



 俺は歩花に指示して酔い止めを出すよう頼んだ。後部座席に回る歩花は、薬を出してくれた。



「はい、アルフレッドさん」

「おぉ、ありがとうございます。歩花様。まさか酔い止めを常備されているとは」

「わたしもたまに酔っちゃうから。これ乗り物酔い用だから、効くと思います」

「助かりました。では、お嬢様に差し上げてきますので」



 何度も頭を下げ、アルフレッドさんはX-VANへ戻っていく。どのみち、しばらくは休憩だな。



「歩花、少し歩くか」

「お、お兄ちゃん……手、手を」



 顔を真っ赤にして俺の手を取ろうとする歩花。……ああ、そうか。



「今更なにを恥ずかしがっている」

「そんなことないもん……」


 そう言う割には震えている気が。

 少し歩くと人造湖『あずさ』が広がる。なんて広さだ……これが人の手によって造られたとか信じられないな。



「どうだ、歩花。ダムは初めてじゃないか」

「多分これが初めて。こんな広いんだね~」



 その時、強風が吹き荒れて歩花が俺の中へ飛び込んできた。



「大丈夫か?」

「お、お兄ちゃん……」

「どうした? 耳まで真っ赤だぞ」


「そこ……歩花の胸……」



 気づけば俺は歩花の胸をつかんでいた。さっき飛び込んできた時に腕と間違えたらしい。……道理で柔らかすぎると……って、ダメだ!!



「す、すまん。人前で! そんなつもりはなかったんだ。今のは風のせいだからな」

「ブラのホックが外れちゃった。お兄ちゃん、直してくれる?」


「え……」

「ほら、歩花って大きいから外れやすいんだよね」

「うぅ……だが」

「はい、お兄ちゃん。歩花の背中から手を入れて」



 こんなところでマジかよ!!

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