抱き合ってお別れを

 少し休憩して再び歩きだす。

 見どころ沢山の田園文化ゾーンの粗方のルートを回り、駐車場へ戻ってきた。



「――ふぅ、なんとか回り切ったな」

「歩きつかれたね。はい、回くんの分」


 安曇野は飲み物を買ってきてくれた。

 気が利くなあ。


「ありがとう、安曇野。しかし、里山文化ゾーンもあるから回るのに一日は必要だな」

「全部は回り切れないね。ここまでかな」

「そうだな。歩花と紺も疲れているしな」


 時刻は十三時半。

 そろそろお昼にしたいし、次の移動も考えると公園はここまでだ。


 俺はそのことをキャンピングカーで休んでいる歩花と紺にも伝えた。



「そういうわけだ、歩花。……って、大丈夫か?」

「うん、ちょっと足が疲れちゃっただけ」

「そうか、無理はするなよ」


 あとは紺だが、いつもは元気なのにクタクタじゃないか。



「回お兄さん、あたしも体力限界です」

「紺ははしゃぎすぎだ。アスレチックで遊ぶわ、池でも子供と混じって遊ぶわで、体力ありすぎだろ」


「それだけが取り柄ですから」

「まあ、少し休め」



 十分ほどの休憩をして、お昼を食べに行くことにした。場所はここから十分ほどの距離にある『三空』というラーメン屋にした。



 特製ラーメンが人気メニューらしい。写真を見ると、具材があふれんばかりに盛り付けられていた。これは美味そうだ。



 * * *



「――ふぅ、特製ラーメンが美味かったなぁ」


 俺含め、全員『味玉味噌ラーメン』にした。濃厚で夢中になって食べてしまった。


「お店はすっごく綺麗だったし、ラーメンも美味しかったね」


 歩花は満足そうに笑顔だった。

 紺や安曇野も「美味しかったぁ」と感想を漏らす。このラーメン屋で正解だったな。


「これからどうしましょうか、回お兄さん」


 紺が視線を俺に向けてくる。


 のんびりしていれば時刻は十五時。

 そうだな、いよいよ長野を離れる時間かな。


 となると、安曇野とはここまで――か。


「歩花、紺。すまないが、ちょっと待っていてくれ。……安曇野」

「だよねえ。うん、分かってた。今日でもう長野を離れるんだよね?」

「ああ、今まで案内とかありがとう。おかげで観光地を沢山回れたし、いい場所を知れた。また来ようって思えたよ」


「お役に立てて良かった。……その、えっと……ちょっとエックストレイルで話さない?」


「分かった。少しだけ時間を取ろう」


 俺は歩花と紺にキャンピングカーで待つよう指示。けど、歩花は顔が笑っていなかった。……怖いからヤメテ。


「お兄ちゃん、安曇野さんと変なことしたら……分かってるよね」


 別れ際、歩花は声のトーンを低くして言った。命の保証はできないということか。理解した。


「大丈夫だ。少し話すだけだ」

「信じているからね」

「信じてくれ」


 俺は安曇野のエックストレイルの助手席へ。この車の中は良い匂いがする。


 安曇野が運転席へ座ると、軽い溜息を吐いていた。


「……はぁ、短い間だったけど寂しいな」

「俺もだよ。安曇野と過ごす時間はとても有意義て楽しかった」

「も~、そう褒められると回くんのことがもっと好きになっちゃうじゃん」


「え……」


「私は回くんが好きなの。前に民宿で言ったでしょ」


 あの時、安曇野の口から“好き”とは言っていなかった気が。いや、だけど言っていたようなものか。結局俺は友達の関係を選んだわけだが。


「すげぇ嬉しいよ。安曇野みたいな美人から好かれるとか夢のようだ」

「そうだよ。私を振るとかありえないよ~」

「ホントすまん」

「でもいいよ。歩花ちゃんが好きなんだもんね」

「……ああ、今は歩花を幸せにする方が優先なんだ」


「それなら仕方ないね。私も全力で応援する。でも……回くんを好きでいていいよね?」


 手を握られ、俺はもう返事をするしかなかった。


「分かった。安曇野の気持ちは忘れない」

「ありがと。じゃあ、お別れの前にキスしていい……?」


「――んなッ」

「大丈夫。このエックストレイル、フロントガラスとかスモークが強いから見えにくいし」


 けど、さっき歩花に釘を刺されたばかりなんだよなぁ……。もしバレたら今度こそおしまいだ。だから、キスはできない。


「すまん、手を握るだけで許してくれ」

「……そっかぁ。あわよくば回くんを落とそうと思ったのに」


 危なかった。安曇野とキスしたら、俺はきっと落ちる自信があった。そうなれば、俺は歩花に惨殺されていただろうな。


「でも、また長野に来るよ」

「絶対だよ。その時は、まっさきに私に会いに来ること」

「もちろんだ。安曇野、また来る。だから……またな」


 これで俺は一区切りついたかなって思った。けれど。


「……回くん、やっぱり寂しい」

「安曇野……」

「最後にひとつだけ我儘わがままを聞いてもらっていい?」


「叶えられるか分からんが、言ってみ」

「もう一回だけハグしていい……かな」


「ま、まあ……それならいいか。別れのハグなら」

「うん、そういうことでいいから」



 ――と、安曇野は運転席から立ち上がって俺の方へ抱きついてきた。……ふわっとした感触。安曇野の匂いが俺を包む。


 それに、柔らかい。


 細腕も接触する肩も、胸も……なにもかもが。



 ぎゅっと抱き合って別れを惜しんだ。



「安曇野、ありがとう」

「……私の方こそ楽しい思い出をありがとう。それにたくさん恋したし、ドキドキしたし……あぁ、もう……やっぱり、前の続きする?」


「ダ、ダメだって」

「冗談、冗談」



 安曇野から積極的なアプローチがあると、さすがの俺も理性が吹き飛びかけるな。辛うじて耐えている俺、スゴイ。多分、もう一押しあったらヤバかった。


 三分ほど抱き合って――安曇野は離れた。


「じゃあ、歩花ちゃんと紺ちゃんにも挨拶してくるね」

「おう。俺も一緒に行くよ」


 車から降り、俺と安曇野はキャンピングカーへ向かう。扉を開けると少し神妙な歩花と、元気な紺がいた。


「歩花ちゃん、紺ちゃん……今までありがとう。これからも旅、がんばってね」


 そう安曇野は挨拶をした。


「安曇野さん、こちらこそありがとうございました。いろいろ楽しかったです」


 空気を察した歩花は丁寧に頭を下げた。最後くらいな。


「えー! もうお別れなんですか……寂しいですね」

「うん、私も紺ちゃんと別れるの寂しいっ」


 紺と抱き合う安曇野。でも、歩花の腕も引っ張って混ぜていた。三人で抱き合ってお祭りみたいになっていた。


「く、苦しいですよ~、安曇野さん」

「あわわ、安曇野さん良い匂いがするぅ……」


 歩花と紺のヤツ、安曇野の胸に埋もれていやがる! うらやまけしからん。そこ交代してくれっ。


「歩花ちゃん、私の代わりに回くんをお願いね!」

「はい、お兄ちゃんと共に先へ進みます」

「がんばって、応援してる」

「ありがとうございます。安曇野さんもお元気で」


 なんだかんだ歩花と安曇野は“和解”となったらしい。良かった。


「紺ちゃん、元気をいっぱいありがと。また遊びに来てね」

「もちろんです! あたし、長野が気に入ったのでまた絶対に来ます」


 これで挨拶は終わった。

 いよいよお別れの時だ――。

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