初恋と失恋

【三年前】


 退屈な高校生活が続いていた。

 なにか面白いことでもないかと模索する日々。

 教室内では『安曇野あづみの』という名前がささやかれていた。


 アウトドアにまったく興味ない俺でも、キャンプ部の『安曇野あづみの もも』の名が耳に入っていたのだ。


 彼女は女優系美人らしく、それでいてサバゲーオタクらしい。だから人気があるとか。


 今なら体験入部が出来て色々教えてくれるようだ。そりゃいいな。退屈な毎日を打開できるチャンスかもしれない。



 ほんの興味本位だった。



 だが、現実のキャンプ部は恐ろしいほどに体力を使い、まるで軍隊のような訓練を受けさせられた。……これはキャンプじゃねぇ!! 俺はそう思った。


 だけど、気合と根性で俺は体験期間を乗り越えた。少しでも安曇野という存在に近づく為に必死になったんだ。

 脱落者はかなり多かったけど、俺は生き残った。



「回くん、君凄いね。自衛隊に入れるかも」

「いや~、実は俺って隠れてバイトしているから体力だけはあるんだよ」

「へえ、なんのバイト?」

「それは秘密さ。でも、キャンプ部のおかげでアウトドアに興味を持ったよ。もっと楽なのがいいけどね」


「……良かった。正式入部する?」



 その言葉を待っていた。

 俺は初めて恋をして、安曇野に憧れた。



 ――けれど。



 タイミングが悪かった。

 昨晩、歩花から連絡があったんだ。


 助けて欲しい――と。



 だから俺はキャンプ部の正式入部を止めた。

 安曇野とは短い間ではあったけれど、楽しい時間を過ごせた。初めて人を好きになったし、ずっと彼女を目で追っていた。


 でも、もっと大切なものが出来てしまった。



 * * *



「安曇野、高校時代はお前が好きだった」

「なら……」


 俺に覆いかぶさる安曇野は、今にも泣き出しそうだった。


「すまない」

「……そっか、そうだよね」


「だから、これからも友達でいてくれ」


 安曇野は脱力して諦めた風だった。

 だけど、体が密着したままだ。


「ちょ、安曇野。離れてくれないのか」

「失恋はしちゃったけど……最後の日だからね。今だけ許して」

「そっか。それもそうだな」



 正直、歩花に目撃されたら死しかないのだが、せめてこれくらいは……。




 ――三十分後――




 あれから俺も安曇野も風呂を済ませた。


 幸い、歩花と紺に現場を目撃されずに済んだ。あれ以来、安曇野は友達でいることを約束してくれた。


 安曇野には悪いことをした。

 それでも……俺は歩花が――。



「ねえ、お兄ちゃん」

「……ど、どうした、歩花」



 夕食を食べに食事処へ向かう最中、歩花が俺の手を引っ張ってきた。



「お兄ちゃんと安曇野さん、なにかあったの?」

「――――ッ!!」



 いきなり鋭いな。

 もちろん、なにかあったのだが……事実を言ったら殺されるな。……いや、断ったけど。それでも、肌と肌を重ね合わせとか口が裂けても言えない。



「……まさか」

「ち、違うって。なにもなかった」

「ほんとに?」

「本当だ」


 それ以上の追及はなかった。

 俺を信じてくれたってことだろう。

 今はこれでいい……。



 夕食は刺身など魚料理と天ぷら、漬物、茶わん蒸し、ご飯とお味噌汁と和風料理だった。こういう、いかにも旅館の料理というのは始めてだな。


 座布団に腰掛ける。

 隣に歩花が。正面に紺、その隣に安曇野という席順になった。……よくすんなり席が決まったな。



「お料理、豪華だね」

「そうだな、歩花。値段の割に種類もあるし、ここまで持て成してもらえるとは」



 飯付きで一万超えないとは……やっぱり安い。



「もうお腹が空いて死んじゃいそうです」

「おっと、待たせて悪い、紺。じゃ、食べよう」



 みんなで“いただきます”を済ませ、楽しい夕食を進めた。



 * * *



 食事を終え、部屋でまったりしていると外が騒がしくなってきた。


「ん……なんだ」

「回お兄さん、この音って花火じゃありません?」


「あぁ、花火か!」


 納得していると安曇野が『灯籠流しと花火大会』というものが毎年あると詳細を教えてくれた。


「木崎湖の名物だよ~。みんなで見に行こうか」

「いいね、そうしよ」


 民宿を出て直ぐ近くの木崎湖園地へ向かった。

 例の滑り台がある公園付近には人だかりが出来ていた。そっか、今日は花火大会のタイミングだったんだな。


 上空には花火が打ち上がり、綺麗だ。


 ちょうどいい場所があったので、そこで夜空を見上げ続けた。


「まさか花火を見られるとは」

「夏と言えば花火だよね、お兄ちゃん」

「ああ、これがないと夏って感じがしない」


 みんなで花火を楽しみ――そうして民宿へ戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る