一夏の思い出作り...

 民宿・やまく館へ。

 広い玄関が出迎えてくれた。


「思ったより広いね、お兄ちゃん」

「あ、ああ……これは驚いたな」


 もっと家っぽいのかと思ったら、ほぼ旅館に近かった。木造住宅のようだけど、立派な造りで広々としている。これが民宿かあ……イメージ以上だな。


 スリッパに履き替え、受付へ。

 安曇野がチェックインを済ませてくれた。女将さんと談笑していたところ、本当に仲が良いらしい。


「手続き終わったよ~。じゃあ、行こっか」


 そのまま宿泊する部屋へ向かった。


「なんだか家って感じがしませんね。旅館じゃないですか」


 周囲を見渡す紺は、興味深そうにしていた。安曇野によれば、この民宿は十五室もあるらしい。結構な人数が泊まれるんだな。

 そうして感心しながらも部屋に辿り着いた。


「みんな、ここが今日泊まる部屋ね」


 先導してくれている安曇野が扉を開けた。


「お~、結構広いな。四人なら余裕だな」

「でしょ、回くん!」

「うん……うん?」

「どうしたの?」


「まて……四人で泊まるんだよな、安曇野」


「そうだけど? だって、部屋ここしか取れなかったし」

「…………」


 俺はそれを耳にして固まった。

 カチコチに固まった。

 石像となるしかなかった。


 まさか、四人で一泊だとー!?


 聞いてない、聞いてない!


 つまり、歩花、紺、安曇野に挟まれて寝るってことだよな……!?


「あれぇ、どうしたの回くん。顔が赤いよ~?」

「あ、安曇野……はかったなぁ――――ッ!!!」


「騙してないって。ほらほら、せっかくなんだから、みんなで泊まろうよ」

「し、しかし……着替えとか見えちゃうだろ! 信州健康ランドでも大変だったし」


 思えば、歩花と紺の生着替えを目撃したっけな……。まだ目に焼き付いているし――よく嫌われなかったものだ。


「え、私はいいけどね?」

「いいのかよ!!」


「ねえ、歩花ちゃんも紺ちゃんもいいよね?」

 

 話を強引に振る安曇野。

 歩花はいいかもしれないが……紺はどうなんだ?


「…………」

「…………」


 ……あれ、二人とも顔を真っ赤にしてどうした。なぜか目線が泳いでいるし、なんか震えていないか。もしかして、健康ランドのことを思い出したのか……?


 なんか俺まで顔が熱くなってきた。ていうか、そもそも女子三人と一緒の部屋とか健康ランドの時よりもベリーハードだ。


 今回は安曇野もいるとかさ……そりゃ嬉しいよ。涙が出るほど嬉しい。でも、なんていうか……安曇野の体は魅力の項目数が多すぎる。


 顔も、鎖骨も、胸も、きゅっと引き締まったウエストも、一日凝視できるほどのボディラインも……健康的なツヤツヤな肌も――全てに夢と希望が詰まっている。


 誘惑されたら、ひとたまりもないだろう。


 だから。


「あ……安曇野、俺はキャンピングカーで寝るよ」

「だ~め。歩花ちゃんも紺ちゃんも恥ずかしがってちゃダメよ。回くんを強制連行!」


 と、安曇野が二人に指示を出す。


「分かりましたっ」

「お手伝いします!」


 って、今度はやる気になっとる!?

 どういう心境の変化なんだか。


 腕を掴まれ、背中を押された。

 部屋に押し込められ、俺はもう退路を断たれてしまった。逃げ場などもう無かった。……この身が持つかな。



 * * *



 ――現在、自由時間フリータイム



 畳の匂いが漂い、落ち着く。

 心が安らぐようだった。


 俺は大の字になってくつろいでいた。


 安曇野は“何か”用があるらしく……用事があるとだけ言い残して部屋から出ていった。どこへ行ったんだか。


 それにしても。


 和室内は、テーブルに座布団、テレビくらいしかなく……至ってシンプル。これが素止まりなら一泊四千円。安いな。

 一泊食事つきでも五千円~七千円とかなり良心的。


 素泊まりなら歩いて数分の距離にあるコンビニで食糧調達するとかもアリだな。でも今回は、夕食ありとなった。どんなメニューか楽しみだな。


 少しまったりしていれば、時刻は十八時前。安曇野はまだ帰ってこない。

 電話でもしてみようかなとスマホを取り出すと、歩花が話しかけてきた。


「ねえねえ、お兄ちゃん」

「どうした?」

「先にお風呂行ってきていい?」

「あー、いいんじゃないか。浴場は二十四時間利用可能のようだぞ」


「ほんとー! じゃあ、汗を流しに行ってくるね」

「ああ、気を付けてな。紺も」


 二人を見送ろうとすると紺は急に俺の腕を掴んだ。何事!?


「回お兄さんも一緒に行きましょー!」

「――んなッ!?」

「いいじゃないですか、混浴でも」

「だ、だめだ。混浴禁止だし、他のお客さんもいるからな」

「ちぇー。じゃあ、歩花ちゃんと行ってきますね」


「そうしてくれ。俺はあとで男湯へ行く。安曇野が帰ってこないからな」


「分かりました。……あ、そうだ。安曇野さんと二人きりになるからって変なことしたらダメですよ。ねえ、歩花ちゃん」


 紺がそんなことを言うものだから、歩花の目が死んだ。煽るなー!


「…………お兄ちゃん。分かってるよね……?」

「あ、ああ。大丈夫大丈夫。ただ帰りを待つだけ。確認次第、すみやかに風呂へ向かう。信じてくれ」

「うん。信じてるからね……」


 なんで幽霊みたいな……か細い声で言うの! 怖すぎィ!


 内心では焦りまくりの俺だが、隙を見せた瞬間殺されるのでポーカーフェイスを維持。なんとか歩花と紺を行かせた。


 ……ふぅ、心臓に悪い。


 部屋に戻って安曇野を待つ。

 すると、数分後には戻ってきた。


「…………」

「安曇野。どこへ行っていたんだよ」


 ゆっくりとこちらに歩いてくる安曇野。なんで何も言わない。けど、視線だけは真っ直ぐ俺を見ていた。


「……回くん」

「なんだよ、怖いな。夏だからってホラードッキリか?」

「この時を待ってた」


「え」


 四つん這いになって俺の方へどんどん接近してくる安曇野。静かに俺を押し倒し、そのまま服を脱ぎ始めた。


 ……マジかよ。


「回くん、今なら二人きりだよ」

「……っ! あ、安曇野……だ、だめだって。気持ちは嬉しけど」

「うん、たぶん……もう歩花ちゃんには勝てないかなって思ってる。でも、せめて……一夏の思い出は作りたい。回くんに初めて貰って欲しい」


「な……!」


 動揺しまくっていると、安曇野はどんどん服を脱いでいく。……もう下着姿だ。

 ここまで見せつけられては理性が――耐えられん。



『――――』



 安曇野から襲われるとか、正直涙が出るほど嬉しすぎる。



 けれど、気持ちに嘘はつけない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る