バラバラにされるか……キスするか

 まだ時間もあるので木崎湖を一周することにした。

 歩いて回るのは大変なので安曇野がわざわざ車を出してくれた。感謝だな。


「エックストレイルのベッド展開崩してくれるなんて……良かったのか」

「いいのいいの。本当は歩いてゆっくり木崎湖を紹介したかったけど、時間ももったいないからね」


 納得して車へ乗り込む。

 席指定で俺が助手席、後部座席に歩花と紺となった。


 湖を沿うように車を走らせる安曇野。どうやら、国道148号を通っているらしい。


 まず先に『稲尾いなおえき』へ寄った。


 駅らしい駅ではなく、無人駅に近い。

 コンテナのような建物があるだけ。


 シンプルだけど、それが緑の風景に溶け込んでいた。


「へえ、映画のワンシーンみたい」

「アニメの聖地にはなってるよ~。有名だよ、回くん」

「そうなんだ」

「ちょっと古い作品だけど名作だよ」


 ほ~、知らなかった。

 再び走り出し、途中にある『コンビニY店』へ寄った。安曇野によると、ここもアニメの舞台になったのだとか。詳しいな!


 飲み物を買って、また出発。

 今度は『海ノ口駅』へ到着。


 車から降りると歩花がこう言った。


「あれ、こっちは稲尾駅と違って家みたいな駅だね」


 その通り、平屋みたいな駅があった。山、湖、田んぼ……とんでもなく田舎風景だけど、絵になってる。味があるなあ。


 紺がスマホでパシャパシャと写真を撮っている。ふと何かに気づいたようで、こう提案してきた。


「そうだ! 集合写真を撮りましょうよー!」

「そうだったな。今こそ俺の一眼レフカメラ・NiponニポンZシリーズが火を噴くぜ」


「わ、回お兄さんいつの間にデジイチ! かっこいい~」

「フフ、すっかり忘れていたんだが――安曇野に取ってきてもらったんだ。これでみんなを撮るよ。さあ、駅をバックにして撮るぞ~」


 三脚もあるので、今回はセルフシャッターが使える。

 海ノ口駅を背にして全員を並ばせた。

 俺はタイマーをセットして急いで走る――のだが。


「いぃッ!?」


 足を引っ掛けて三脚を倒してしまった。


 ガシャン!!!


 と、破壊音が響いて……俺は青ざめた。



「お、お兄ちゃん……!」

「や、やっちまったああああ!!」


 六十万もする一眼レフカメラが粉々になっていた。レンズとかメチャメチャになっとる……。


「か、回くん、ケガとかない!? 大丈夫!?」


 俺の体を起こしてくれる安曇野は、全身を診てくれた。や、優しいな……てか、顔が近いな。


「……あ、安曇野」

「え? あ……うぅ」


 キスできる距離に顔があって、安曇野は顔を真っ赤にして離れた。……今のスゲぇ可愛かった……。


 ――ただ、少し視線を歩花に向けると……。



「…………」



 まずい……!

 目が死んでる!!


 けど耐えているようにも見える……かなり無理してるっぽいけど、本当に成長したな、歩花。



「みんな、すまん。片付けしてスマホで撮ろう」



 六十万がオシャカだが、仕方ない。なによりも女性陣にケガがなくて良かった。

 カメラを片付け、今度はスマホで撮影するのだが……。


「歩花……笑顔、笑顔」

「お兄ちゃん、これがわたしの笑顔コロスだよ」


 表情が“コロス”と言っているんだが!?

 冷や汗を掻きまくる俺。

 そんな中、紺が怒った。


「だめだよ、歩花ちゃん。ほら、スマイル!!」


 歩花の背後に回り、ダブルメロンをわしわしと掴む。


「こ、紺ちゃん!! どこ触ってるの!!」

「回お兄さん、今です!!」


 マジか。歩花が耳まで真っ赤にして腰を抜かしているぞ。このえっちすぎるシーンを撮影しろってか!? 


 ……悪くないな――って、ダメだ!!


「こら、紺ちゃん!」


 お、今度は一番年上の安曇野が紺をしかるのか――と、思ったが、安曇野も混じって紺のそれなりにあるダブルメロンパンをわしづかみにする。



「あ、あ、安曇野さん!? ちょ……! そんな乱暴にぃぃ……」



 ヘナヘナになる紺は、一瞬で陥落。もしかして、歩花並みに敏感なのか。


 ていうか……俺は何を見せられているんだ!!


 これではAでVの現場撮影みたいじゃないか……! 他の観光客から何事かと見られているし、これ以上はまずい。撤収だ。



 * * *



 田中屋酒店というお店の付近にある『田んぼ』へ入った。見渡す限り緑の田んぼ一色。あと山々。なんだかノスタルジックな気持ちになるな。


 更に山奥を目指せば犬神家の舞台にもなった『青木湖』がある。スケキヨの足が浮いていたあそこだな。ちょっと見てみたい気もする。


 更に更にその先には『白馬』がある。

 スキーやリゾートがあって最大の観光地といっても過言ではない。いつか行ってみたいが、今回はスルー。



 そうして、一日木崎湖を回り――再び木崎湖キャンプ場の駐車場へ戻った。それから、民宿の『やまく館』へ。



 キャンピングカーを民宿の駐車場に停めると、歩花はぽつりとつぶやいた。



「……お兄ちゃん。十七分割バラバラにされるか……キスするか、どっちがいい?」



 俺の首元にナタが迫ってきた。



「……っ!!」



 ど、どこから出したんだよ、こんな凶器。



「これ、民宿の借りてきたんだ」

「そういうことか。……キスで」

「うん。キスしてくれたら今日のことは水に流してあげるね」


「わ、分かった」


 紺と安曇野がいないことを確認して、俺は歩花に顔を近づけていく。

 ゆっくりと重ね合わせ、歩花に思いを伝えていく。


「……こ、こんなところか」

「だめ。お兄ちゃん、気持ちがこもってない」

「そ、そうか? 俺は本気だったけど」

「じゃあ、歩花がしてあげる」


 まるで貪るように歩花は、俺の唇を奪ってきた。そこには“好き”とか“愛してる”の感情が入り混じっていた。


 ……歩花の気持ちがよく分かる。


 俺は興奮しすぎて歩花に体に触れていた。


「歩花……」

「……い、今はだめ! 汗いっぱい掻いたし、汚いから……お風呂入ってからね」

「そんなことはない。歩花は全部綺麗だ。髪の匂いだって変わらない」

「お、お兄ちゃん……うん」


 涙を零す歩花は、とても嬉しそうだった。これで機嫌はよくなったはず。


 ちょうど紺と安曇野がやってきたし、そろそろチェックインしますか。

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