安曇野しゃくなげの湯

 しゃくなげの湯の建物内へ入り、下駄箱の中へ靴を。

 100円を入れるタイプだ。


 そのまま済むと券売機があった。


「ふむふむ、市外の方で入浴料700円か」

「市内の人だと500円なんだね~」


 地元民の特権かね。

 もちろん市外からなので700円の券を購入。

 歩花の分も買い――受付へ。



「それじゃ、歩花……って、そでを引っ張られても困るんだが」

「やっぱり一緒に……」

「だ、だめだっ! 歩花は女湯だ」


 俺は背を向け男湯へ。

 けど、歩花は強引に入ってくる。俺は大慌てで阻止!


「うぅ、寂しいよぅ」

「ダメダメ! 他の男に歩花の裸を見せるわけにはいかないし、そもそも色々な法律に引っ掛かるんだよ。大人しく女湯へ行ってくれ、頼むから」


「でも……」


 歩花は食い下がる。

 てか、他のお客さんが何事かと注目しているし、恥ずかし! このままだと勘違いされそうだし、上手く説得しておかねば。


「いいか、歩花。お兄ちゃんの言うことを聞くんだ。ほら、ハグしてやるから」



 もう周囲の目線なんてどうでも良かった。可愛い女の子をナンパしている男と思われるくらいなら、いっそ彼氏に見られた方がマシだと結論に至った。


 歩花を抱き寄せて、ぎゅっとする。



「……嬉しい。すっごく嬉しい。お兄ちゃんの汗のにおい……好き」

「臭かったらごめんな」

「ううん、平気。……うん、ありがとね。おかげで身も心もスッキリした」

「そうか、これで一人で行けるな?」

「もう大丈夫。行ってくるね」


 くるっときびすを返し、歩花は『女湯』へ向かった。

 ……やっと行ってくれたか。


 俺は男湯へ向かい、さっそく脱衣所で服を脱ぎそのまま風呂へ。


 中へ入ると清潔感があって驚く。

 浴室は汚れひとつなく綺麗に整っていた。


 匂いも不快感がない。

 いわゆるカルキ臭がなかった。管理が行き届いている証拠だ。


 まずはシャワーで体を洗い流す。

 その後、さっそく浴槽を吟味。


 まず、天然温泉浴槽。

 他には冷水風呂、ジェットバスもある。


 内風呂に『木の湯』。

 そこにはシルク湯や遠赤外線サウナ。もう片方に『石の湯』があり、炭酸泉や塩サウナがあった。


 最後に露天風呂。

 『あつ湯』と『ぬる湯』の二種類に分かれているようだ。


 なかなか充実しているな。

 まずは天然温泉浴槽へ。


「……ふぅ、いい湯だなぁ」


 十分ほど堪能し、そのあとは露店風呂へ。あつ湯で体を温め、更にサウナもいったりと満喫しまくった。


 そんな風に温泉で癒されていると一時間ほど経過していた。

 おっと楽しみ過ぎた。

 歩花が気になるし、そろそろ出るか。



 * * *



 着替えて脱衣所から出た。

 休憩スペースへ向かうと、歩花の姿はなかった。

 ラインに連絡もない。

 まだ温泉を楽しんでいるのかも。


 それまでは紺に連絡してみるか。


 だが、紺にメッセージを送るも既読にならなかった。忙しいのかなぁ。


 ちょっと心配になっていると、女湯から歩花の姿があった。

 全身が火照って少し大人びている。


「お待たせ、お兄ちゃん」

「おう、待ったよ~…ん? あれ、なんか見覚えのある顔が歩花の隣に」


 なぜか紺がいた。

 この温泉を利用していたんかいっ。


「お久しぶり――でも、ないですよね。あはは……」

「紺もお風呂だったか」

「ええ、汗をいっぱい掻きましたし、そのまま寝るのは女子としてちょっと……」

「なんだ、それなら一緒に向かえば良かったな」


「いえいえ、おかげで歩花ちゃんとばったり会えましたし!」



 タイミングばっちりだったな。おかげで歩花は寂しい思いをせずに済んだようだ。



「ちなみに、私もいますぞ」

「――うわッ! アルフレッドさん!」


 背後から白髪白髭の紳士が生えてきて俺は驚く。口から心臓が飛び出るかと思ったぞ。


「お嬢様がお世話になっております、回様」

「いや、俺の方こそ紺と遊べて楽しいですよ」

「そう言っていただき、私も嬉しいです。どうか、これからもお嬢様をよろしくお願いします」


「もちろんですよ。それじゃ、もうちょっとしたら俺たちはキャンピングカーへ戻ります。車中飯も作ってみたいですし」


「おぉ、車中飯ですか。それは初めて聞きました……いったいどのような?」

「キャンプと似たようなものです。車の中で料理するんですよ。キャンピングカーの場合、小さなキッチンがついているんで便利ですよ」


「ほぉ、自炊ですか」

「そうです。その方がコストも掛からないですし、車中泊っていかにお金を掛けないかっていうのもあるんですよ」


 飯は朝、昼、夜と食うから、いちいち外食していたらとんでもない出費となる。少しでも節約できる部分はしないと大変なことになるのだ。

 とはいえ、今回の車中泊はお金を気にする必要もないのだが……車中泊といえば料理もだいなのだ。


 そうアルフレッドさんに教えると紺は同意していた。


「アルフレッド、キャンプだって自炊するでしょ」

「そう言われるとそうですね。では、お嬢様……今晩はカレーと参りましょう」

「アルフレッドの作るカレーは絶品だから楽しみ」


 と、紺とアルフレッドはさんは楽しそうにしていた。カレーかぁ、やっぱりキャンプといえばそうなるよな。俺の方もカレーにしようかな。


「それじゃ、俺と歩花はそろそろ行くよ」

「今度こそ明日です、回お兄さん!」

「ああ、またね。紺」



 歩花も紺とアルフレッドさんに挨拶をして別れた。

 下駄箱まで戻り、靴へ履き替えて外へ。

 温泉を出てキャンピングカーへ戻る。



「――さて、いよいよ道の駅へ向かうか」

「ついに車中泊するんだねっ」

「ああ。向こうで飯にしよう。俺たちもカレーだ」

「紺ちゃんの話を聞いていたら、わたしも食べなくなっちゃったから楽しみ!」



 車に乗車し、エンジンを掛けた。

 しゃくなげの湯を後にする。

 時間は十九時。すっかり暗くなった道を走っていく。


 さすがに、この時間帯の山奥は涼しくて過ごしやすい。車のエアコンもガンガンにする必要もないし、むしろ寒いくらいだ。



「夜になると真っ暗で何も見えないな」

「そうだね。街灯も少ないし、ちょっと怖いね」


 長野の山奥ともなると虫も多い。大きなとかいるんだよな。……あ、やっべ。虫除けとか忘れていたな。まあ、なんとかなるかな。



「歩花、温泉はどうだった?」

「気持ち良かったよ。お肌すべすべになったし、途中で紺ちゃんと会ったから楽しかった」

「そりゃ良かった。俺なんかジェットバスで癒されていたよ」

「あ~、体の揉み解しに良いよね。歩花は紺ちゃんから胸のマッサージされたけど……」

「っっ!!」


 紺のヤツ、歩花のあの胸を……なんか光景が目に浮かぶな。くそっ、うらやまけしからん!

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