困っているお姉さんを助けた

 珍しく歩花は積極的だった。

 俺の胸に抱きついてきた。

 顔をスリスリとして、まるで猫のように可愛い。


 こうして寄り添ってくれるだけで俺は嬉しいし、幸せだ。


「歩花、顔をよく見せて」

「……うん」


 恥ずかしそうに視線を合わせてくれる歩花。どの角度で見てもその愛らしい表情は変わらない。あまりに整っていてアートのようでもあった。


 流れるままに俺は歩花の唇を奪おうとした。



 ――のだが。



 扉をノックされて、俺も歩花も飛び跳ねた。



「なんだ!?」

「び、びっくりしたぁ! お兄ちゃん、何なの!?」

「さあ、分からん。紺かな。……にしても、まだフリータイム中だぞ」



 まだノックが続いている。

 くそ、良い所を邪魔しやがって。

 誰だぁ?


 仕方なく、俺は扉を開けた。

 すると、そこには女性がいた。ボブショートの大人の女性だった。……誰だ、この美人のお姉ちゃん。


 けど、ぽけぽけして危なっかしいというか――明らかに彼氏とかいそうな顔をしていた。



「すみません、ちょっとお願いがありまして!」

「お願い? なにか困ったことでも?」


「ええ、実はエフリイのバッテリーが上がっちゃいまして……ジャンピングスタートしてもらえませんか?」



 ジャンピングスタートとは珍しいな。車のバッテリーにケーブルとケーブルで繋げてエンジンを吹かして充電するアレな。

 でも、今の時代、スターターとか充電器があるものだけどな。俺の場合はポータブル電源から充電できるケーブルを用意してあるから大丈夫だけど。


 あと、保険会社のロードサービスを利用する手もあるけど――有料だとそのまま請求されるから高いんだよな。



「エンジン掛からないんですね」

「はい、なぜかバッテリーが上がってしまって……はぁ」



 困っているみたいだし、助けてやるか。



「分かりました、そこのエフリイですか」

「そうなんです! お願いしてもいいですか?」



 少し離れた場所にクールカーキパールメタリックのエフリイが停車していた。うわぁ、濃い緑でカッコイイな。森みたいだな。

 俺の好きな『X-VAN』と遜色ない魅力があった。



「じゃあ、俺のポータブル電源で充電しますよ」

「え、そのポータブル電源ってジャンプスターターついているんですか!?」

「え、知らないんですか。こういうタイプもあるんです」

「はへ~…」


 はへぇって、あんな厳ついエフリイで旅してるっぽい割りに緊急装備にうといんだな。

 俺はさっそくエフリイの後部座席へ。

 けど、お姉ちゃんは理解していないようで『?』を浮かべていた。


「あの……充電しますけど」

「え、あの、バッテリーってボンネット側じゃないんです?」

「エフリイは後部座席の下ですよ」



「え……ええッ!? マジですかぁ!?」



 お姉ちゃんは驚いて叫ぶ。

 おいおい、近所迷惑だって。

 幸い、周囲に観光客はいないけど。

 ああ、だから俺を頼ったのか。


 それにしても、このエフリイは車中泊仕様か。後部座席がフルフラットにしてある。おぉ、改装済みか。


 合板ベニヤでベッドとテーブルを組んである。うぉ、ベッド下は引き出しになっていて物を収納できるようになっているのか。すげぇギミック。



「しかし、これだと一度ベッド展開を崩さないとですね。工具あります?」

「うわぁ……そうなんですね。はい、工具は入れてあります」

「仕方ないでしょう。やれるだけやりましょ」

「……はい」


 ホロリと涙を浮かべる女性。

 そういえば、まだ名前を聞いていない。


「ところで……」

「ああ、わたしは岐阜出身の『飛騨ひだ おり』と申します。二十歳はたちで、普段はペットショップの店員をやっているんです」



 なんか丁寧に自己紹介され、俺も名乗った。



「俺は、春夏冬あきなし かいです。こっちの小さいのが歩花で妹です」

「えっ、妹さん!? 彼女さんかと思ったですよ。可愛すぎです!」


 ずっとダンマリの歩花は、そう言われて顔を真っ赤にしてまんざらでもない表情を浮かべていた。どうやら、病む病むになることはなさそうだな。



「お兄ちゃん、この人困ってるみたいだし、助けてあげて」

「お、おう。分かった……けど、刺すなよ」

「刺さない刺さない。ベッタリしてたら許さないけどね」

「ああ、信用してくれ」



 俺と飛騨さんは、エフリイの後部座席にあるベッドやらを撤去していく。途中で紺も合流して歩花に説明をお願いしてもらった。


「え、バッテリー上がっちゃったんだ?」


 困惑する紺は、歩花に聞いていた。


「うん、そうみたいなの。しばらく二人で歩いて回ろうっか」

「え、いいの?」

「邪魔しちゃ悪いし、お兄ちゃんこと信用してるから」

「じゃあ、二人で観光しよう。回お兄さん、行ってきますね!」



 どうやら、二人でスイス村を歩くようだ。まあ、二人なら大丈夫だろう。



「分かった。迷わないようにな。歩花、スマホを持っておくんだぞ」

「ちゃんと持ってるよ~。なにかあったら連絡するから」



 歩花と紺は二人で遊びに行った。

 たまにはいいだろ。


 こっちは、飛騨さんの車を直してやらないとな。



春夏冬あきなしくん、モテモテじゃないですか!」

「そんなんじゃありませんよ。それより、飛騨さんも長野観光です?」


「わたしは岐阜から旅してるんですけどね~。友達は全員県外に引っ越しちゃって、会いにいくついでに旅しようかなって……溜まりにたまった有給とお盆休みを使って遠征中なんです」


 どうやら、飛騨さんは年五日の有給休暇義務を果たすタイミングがなく、お盆休みに繋げて使うことにしたらしい。それで十日ほど休日を得たのだとか。社会人は大変だな。


 そんな会話をしていれば、後部座席のバッテリーへ辿り着く。


「この蓋を開けるとバッテリーなんです。開けて繋げますね」

「ありがとう、回くん」


 飛騨さんは、いつの間にか俺を名前で呼ぶようになっていた。


「いえいえ、困った時は助け合うものでしょう」

「旅ってこういう出会いもあるんだね。回くん、彼女とかいるの?」


「ぶっ、いきなりを何を言うんですか……今のところはいませんよ」

「へえ、そうなんだ。これも何かの縁だよね。回くん、ライン交換しよっか」

「マジっすか。大人のお姉さんからライン交換を要求されたのは、これが人生で初めてです」


「わたしもだよ~。ていうか、年下!?」

「俺は一個下ですよ。大学生なんです」

「そうなんだ。うん、ますます回くんが気に入っちゃった。そうだ、もし岐阜に来る機会があったら案内してあげるね」


「それは嬉しいですね!」



 ――って、あれ。

 こんなヤリトリ、以前にもあったような……あぁ、安曇野!


 長野観光が終わったら、次に『岐阜』へ行こうと思っていたし、なんて運命的な出逢いなんだ。



 そうして、バッテリーの充電は完了した。



「本当に助かりました。回くん、わたしはもう行くね。妹さんとかあの可愛らしい銀髪の子にもお礼を言っておいて」


「分かりました。飛騨さん、また岐阜へ行ったら連絡します」

「了解。しばらくしたら岐阜にいると思うし、いつでも頼って! じゃあね!」



 バイバイと手を振って別れた。

 ライン交換もしたし……俺としては大収穫と言えた。やっば、あんな綺麗なお姉さんと連絡先交換できるとか――嬉しすぎ!


 ガッツポーズを決め込んでいると、ちょうど歩花と紺が帰ってきた。

 走ってくる歩花は俺の方へ突撃してくる。



 え、ちょ、なんかブチギレてる!?



「……お兄ちゃん、死んで!!」

「え、うああああああああああッ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る