わさびソフトクリーム

 大王窟・開運洞へ戻った。

 かなり気まずいけど、俺は理由を安曇野と紺に話した。


「ごめん、回くん。私のせいだよね」


 深々と頭を下げる安曇野は、申し訳なさそうに謝った。その気持ちだけで十分だ。


「いや、俺も悪かった」



 妙な空気が流れる中、紺だけは明るい声を上げた。



「みなさん、辛気臭いですよ! せっかくの旅行なんですから、楽しくいきましょ!」



 紺の明るい笑顔に空気が変わりつつあった。そうだな、悩んでいても仕方ない。大王わさび農場はまだまだ先がある。


 気持ちを切り替えていこう。



「みんな、紺の言う通りだ。今は楽しもう。安曇野、さっきのことは忘れてくれ。俺も忘れる」

「うん、回くんがそう言うのなら忘れる」



 あとは歩花だが……。うーん、あれから目線どころか顔を合わせてくれないんだよなぁ。なんだか耳が赤いし、照れているっぽいけど。



「歩花、大丈夫か?」

「……だ、だ、大丈夫だから」


「お、おう」


 随分と慌てているな。

 けど大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。声も先ほどよりはトーンが高い。


 気を取り直して俺たちは先へ進んだ。



 * * *



 あれから各所をゆっくり回った。


 最後に『水車小屋』まで歩いてきた。

 ここから川が近くなってきた。

 おやだかな流れが続いている。


「回お兄さん、ここ蓼川たでかわよろずいかわと二つの川が流れているそうですよ」


 スマホで調べたらしく、それぞれ紺が説明してくれた。その少し先に『水車』はあった。三つもあるらしく、水力によって回り続けていた。



「なんか絵みたいな場所だな」

「映画のロケ地にもなったことがあるそうです」



 ほぉ、そんなに凄い場所だったとは。


 それから、直ぐに近場のフードコートへ向かった。

 安曇野がニヤリと笑った。



「さあ、わさびソフトクリームを買おうか! 回くん!」

「でたー! これが噂の……」



 デカデカとした“わさびソフトクリーム”の看板があった。本当に売っていたよ。周囲の観光客が興味本位で買っていた。

 美味いのだろうか……。


「ねえ、お兄ちゃん。メニューすごくない!?」


 がくがくと震えて青ざめる歩花に釣られ、俺はメニューをチェック。


 そこには、わさびが添えられたソフトクリーム『大王プレミアム』とか普通の『わさびソフトクリーム』など――他にも『わさびおやき』や『わさびカレー』、『わさびコロッケ』とか割と種類豊富だった。



 ソフトクリームは普通のが390円、プレミアムが480円のようだ。



 俺も含めて全員、プレミアムを頼む勇気はなく“普通”を選んだ。売店のおばちゃんにお金を払い、しばらく待つと抹茶色のソフトクリームが出てきた。



「抹茶のソフトクリームにしか見えないな」



 どう見ても、わさびとは思えなかった。けど、ニオイはほんのり“わさび”だった。……うぉ、これ食べて大丈夫なのか?


 少し焦っていると、安曇野がぱくっと食べていた。



「ん~、美味しい!」

「マジかよ、安曇野」

「うん、わさびの風味がほんのり。甘くて美味しいよ」



 本当かなぁと俺も歩花も、そして紺も怪しんだ。

 だけど、もう買った以上は最後まで食べないと。俺は勇気を振り絞って“わさびソフトクリーム”をひとくち舐めた。



「……んぉ?」

「どうよ、回くん」


「うまい……ちょっと、わさびっぽいけど甘いし、普通のソフトクリームとそれほど大差はないな」


「でしょ! だから美味しいって言ったじゃん~」



 なるほどなぁ。

 歩花と紺は、スマホとパシャパシャと写真を撮って――それから口にしていた。インスタ映えしそうだしな。



「あれ、美味しい!」

「わさびの味そんなにしないし、つーんともしないね、歩花ちゃん」



 歩花と紺の口にも合ったようだな。

 良かった。だいぶ空気も和やかになったし、旅は続けられそうだ。



 なんとか大王わさび農場を一周して観光終了。



「お疲れ様、これでおしまい」

「おう。案内ありがとう、安曇野」


「ううん、私も楽しかったし。これからお昼にする?」

「そうだな、時刻はもう十四時前だし」


 なんか腹が減ると思ったら、もういい時間だった。ここまで来たからには、なにか美味しいものを食べたいな。


「この近くに『そば処・上條』という蕎麦屋さんあるから、そこを推しておくわ」


「安曇野は来ないのか?」

「ごめん、もっと案内したかったけど……さっき畑を見てくれってお爺ちゃんから連絡が入っちゃってさ」


「そうか、残念だ」

「もし、この安曇野周辺をウロウロするなら、明日とかに案内するけど」

「そうだな、今日は一泊しようと思う。まだ車中泊も出来ていないからな」

「オーケー。また連絡して。じゃ、歩花ちゃんと紺ちゃんも、またね!」


 それぞれ挨拶を交わし、安曇野は去っていった。なんだかんだ一緒にいれば楽しかったなあ。


 こんな寂しいと思うようになるとはな。



 ――駐車場へ戻った。



「紺、これから安曇野に教えて貰った『そば処・上條』へ向かう。俺のキャンピングカーについて来てくれ」

「了解ですっ、回お兄さん。じゃ、歩花ちゃんも後で!」


 手をブンブン振って紺は、バイクへ戻っていく。


 俺たちはキャンピングカーへ。

 すぐにエンジンを掛け、エアコンをフルパワーにした。


 あと扇風機を全開にした。

 今日はソーラー発電をバリバリしているからな。バッテリー残量にも余裕があった。


「さすがにちょっと暑いね」


 ぱたぱたと服を煽ぐ歩花。

 ――って、谷間が見えてるってーの。見えてるけど。


「……っ! そろそろ出発するか」

「お兄ちゃん。今、歩花の胸見た?」

「み、見てない」

「うそ、見たもん」

「いや……本当だ」


「じゃあ、スマホを見て」

「ん、スマホ?」


 言われた通り、スマホを取り出してみる。すると【歩花】からメッセージがあった。なんだ、歩花からじゃないか。


 開いてみると、そこには“谷間”の写真が送られてきていた。



「ほら、見た」

「ちょ!! 歩花、なんて写真を送ってるんだ!!」


「……その、さっきのお詫びだから」



 ぼそっと歩花は言って視線を落とす。

 あー…洞窟の件をまだ気にしていたんだ。そのお詫びとはな。


 ここまで申し訳ないと思ってくれているなら、俺も気が楽になった。そうだな、これで本当に“チャラ”だ。

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