大王窟・開運洞での波乱
川に架かる木橋を進んでいく。
わさび田の上を歩くとか新鮮でしかない。
奥まで来ると『大王窟・開運洞』なる場所に辿り着いた。
「なにこれ、洞窟?」
「人口の洞穴らしいよ、回くん」
「そうなのか、安曇野。へぇ、結構広いな」
中はもう“闇”しかない。真っ暗だ。視界も悪そうだし、でも直ぐ奥があってお地蔵さんがあった。
歩花と紺は手を合わせていた。微笑ましいな。
なんて思っていると、安曇野が『大王の見張り台』が近くにあると言い出した。どうやら、展望台っぽいものがあるみたいだった。
紺が興味を持って先へ行ってしまう。その背を追いかける歩花。
「お兄ちゃん、わたしが紺ちゃん見ておくよ~」
「分かった。気を付けてな」
「うん、大丈夫だから」
二人は行ってしまった。
取り残される俺と安曇野。
「……」
「……」
なぜか沈黙が流れ、少し気まずい。
「ちょっと撮影したら、俺たちも行くか」
「そ、そうだね。ていうかさ、回くんさぁ……」
顔を赤くし、もじもじとする安曇野は俺の方へ寄ってきた。……なんか近いような。整った顔がほぼ目の前だ。
「ど、どうした」
「ここで約束果たそうかなって」
「なんか約束したっけ……」
「ほら、健康ランドで勝負したでしょ。あの時、負けたから……
そう理由を話して安曇野は服に手を掛けていた。いや、そんな約束はしてないッ! ……はずだ。てか、まるで覚えがなかった。
急すぎて俺は混乱していた。
焦っている間にも安曇野は、下着姿になろうとしていた。って、いかんでしょ!
「だめだ、安曇野。脱ぐのは禁止だ!」
「え~…今ならチャンスだと思ったのになぁ」
「てか、恥ずかしくないのかよっ」
「めちゃくちゃ恥ずかしいよ。でも、回くんになら見られてもいいし」
その気持ちは嬉しいけど、近くには歩花と紺もいるし――他の観光客だっている。見られたら、それこそ大事件だ。
「よく分からんが、礼だけは言っておく」
「歩花ちゃんが好きなんだね」
「……っ!」
「やっぱりね。そっかぁ、回くんって妹を愛しているんだ。当然だろうけど」
「ま、まあ……家族だし、当然だ」
「女の子としても見てるんだよね」
「そ、それは――あぁ、俺は歩花に幸せになって欲しい。本当の兄妹ではないから、そういう期待もある。今はまだ、よく分からないけど……この旅でいずれ答えに辿り着けると思っている」
だから今は、旅を続けることこそが最優先事項。何があろうとも止まることはできない。
「そっか。羨ましいな」
安曇野は何かボソッと言った。
「なんか言ったか?」
「ううん、なんでも。けどね、それでも諦めるつもりはないよ。まだ完敗ではないから」
それって安曇野が俺のことを?
まさか、そんな……いやいや、安曇野に限ってそんなはずはない。こんな美人に彼氏の一人いてもおかしくない。
けれど、安曇野は魅力的だ。
彼女にできたら絶対楽しいだろうな。
思えば、安曇野のおかげで今の俺がある。高校時代のほんの一瞬、僅かな時間を過ごした程度だけど、間違いなくあのキャンプ部によって俺はアウトドアに興味を持つようになった。
無気力に生きていた俺が、今はこんなにも充実した日々を送れている。
だから安曇野には感謝したいし、ずっとこの関係を続けたい。
「安曇野、俺は――」
「うん、大丈夫。回くんの気持ちは理解してる。でも、思い出くらい作ってもいいよね」
そう
嘘、嘘、嘘だろ……?
安曇野、そこまで本気だったのかよ。
俺はそうとは気づかず――って、やばい。
人の気配が……。
……遅かった。
「…………」
いつの間にか戻って来た歩花に見られていた。涙を零す歩花は、どこかへ走り去っていく。
……くっそ、最悪なタイミングだ。
紺も戻ってきて混乱していた。
「あれ、歩花ちゃんなんで走って行っちゃったの? ん、回お兄さんと安曇野さん、ぼうっと突っ立ってどうしたの?」
「安曇野、紺。すまないが、しばらく二人で回ってくれ」
俺は歩花を追いかける。全力疾走で。
木橋を走り、歩花の背中を追い駆ける。
幸い、歩花は走るのが苦手。
そう苦労せず追いつくけど、何もないところで足を引っ掛け転落しそうになっていた。……まずい! 橋から下は二メートル以上はありそうだぞ。落ちたら大ケガだ。
だけど、歩花はまるで身を投げ出すかのように落ちそうになっていた。
させるかよ。
こんなところで終わりだなんて、させない。
「歩花!!」
なんとか間に合って――ないッ!?
頭から落ちていく歩花の右腕をギリギリでキャッチ。……あっぶねぇ。あと少し遅れていたら、川の底だった。
「……お兄ちゃん。歩花のこと……いらなかったんだ」
「いや、むしろその逆だ」
「……え」
「俺は歩花が欲しいよ。たまらなく欲しい。だから、今引き上げてやる」
火事場馬鹿力ってヤツだ。
人間ってヤツは、こういう状況下において思いもよらない力を発揮できるものだ。俺は今まさに己の限界を超えた力を使い、歩花の腕を引っ張っていた。
なんとか気合で歩花を橋へ戻し、立たせた。
「はぁ……はぁ」
歩花は息を乱し、胸を押さえていた。
俺も同様に心臓がバクバクして冷や汗さえ掻いていた。……本当に危なかった。ほんの少しでも遅れていたら歩花は死んでいたかもしれない。
「大丈夫か、歩花。怪我とかないか」
「う、うん。大丈夫。……その、ごめんなさい」
「謝る必要はない。歩花が無事ならそれで――」
ぎゅっと抱きしめ、歩花をぬくもりを感じた。……ああ、良かった。
「…………」
俺の
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