信州健康ランド②

 ルームキーとリストバンドを受け取った。どうやら、リストバンドで全ての買い物が可能のようだ。飲み物を買ったり施設を利用したりできるらしい。

 歩花と紺は、一階を見渡して施設内部を吟味ぎんみしていた。


「あっちが温泉なんだね~」

「歩花ちゃん、向こうにゲームコーナーもあるみたい」


 二人とも既にテンションが高い。

 という俺も初めて訪れる信州健康ランドに興奮気味。

 既に多くの利用者が温泉に入ったり、子供がゲームコーナーで騒いでいたりした。


「歩花、紺。あとでゆっくり回ろう。とりあえず、七階の和室へ行こうか」


「うん、お兄ちゃん」

「賛成です!」


 エレベーターで七階へ。

 到着して早々、眺めの良い山々の風景が現れた。夕焼けと微かなネオンの配合が絶妙で素晴らしい。


 ホテル独自の匂いを感じながら、部屋の前に来た。ロックを解除して、中へ入っていく。



「おぉ、ここが和室! ひろーい!」



 先に部屋へ入った紺が喜びの声を上げる。通路を少し歩くと畳の部屋が広がった。う~ん、畳の匂いが良い感じ。



「12畳の場所を取ったからな。こりゃ快適だ」

「さすがお兄ちゃん、太っ腹だね」

「せっかくの旅だからな」

「うん、今日は快適に寝れそう。ていうか、畳が気持ちい~」



 荷物を降ろし、歩花も紺も畳でゴロゴロし始める。俺も運転の疲れがあって横になった。瞬間でどっと疲労が全身を駆け巡り、大きなアクビが出た。


「やっべ。疲れてるよ、俺」

「無理しないでお兄ちゃん。ちょっと休憩しよ」

「そうだな、しばらく小休止しよう。三十分後に温泉でも入るか」


 歩花は「分かったよ~」と言いながらも、俺を膝枕のようにして抱きついてくる。それを見た紺も対抗して反対側から抱きついてくる。


「歩花ちゃんばかりズルいっ!」

「ちょっと、紺ちゃん。お兄ちゃんにベタベタしないでっ」

「あたしだって回お兄さんで癒されたいもん」


 どちらかと言えば、俺が癒されまくりなんだけどな。二人とも立派なものを押し付けてくるし、良い匂いに頭がクラクラした。



 * * *



 なかなか見晴らしの良い部屋を取れた。

 窓を覗くと、すでに夜景が広がっていた。


 そろそろ温泉へ向かうか。


 着替えを取り出し、準備完了。

 あとは歩花と紺だけど――。



「お兄ちゃん、わたしの下着どれがいい?」

「――んなッ! そんなの自分で選びなさいっ!」


「え~、お兄ちゃんの好みに合わせたいのに」

「み、見せつけるな!」



 紺も対抗心を燃やしてるし。



「回お兄さん、あたしの下着も!」

「却下だ!! 二人とも自分で選べ……つーか、俺は先に外に出ている!」



 女子高生の生々しい下着を前に、俺は頭がどうかなりそうだった。まったく、歩花も紺も最近見境がないな。




 一階へ降り、温泉の方へ向かう。




 当然ながら俺は男湯へ。

 歩花と紺は女湯へ――向かわない!?


「って、男湯こっちへ来ちゃダメだろう!」


 二人の背中を押し出す。

 まったく、カウンターのお姉さんが困っているじゃないか。


「えー! お兄ちゃんと一緒がいい」

「歩花ちゃんと同じ意見です!」



「ダメだ。素直に従わないと俺は別の部屋を取るぞ」


「「……そ、それは嫌!!」」



 二人とも焦って、女湯へ入っていく。

 やれやれ、ここまで大変だとは。



 俺は脱衣所へ。

 おっさんから若い大学生っぽい人、子供が着替えている。

 空いている適当なロッカーを借り風呂へ。



 へえ、思った以上に広い。

 まるで五十メートルプールのような空間がそこにはあった。


 綺麗で清潔だな。


 とりあえず、シャワーの方へ向かい空いている席へ腰を下ろした。


 歩花と紺は、今頃二人で楽しんでいるだろうか。少し心配しながらも、俺は自分の体を洗っていく。


 一日の汚れを落とし、俺は温泉の方へ向かった。


 マジで広いな。

 マッサージ系の風呂、サウナもあった。露天風呂に陶器風呂もあるのか。寝ころび湯なんてものもあった。あれは寝心地良さそうだ。


 まずは、全身浴風呂へ浸かる。


 ん~、これはいい湯だ。

 幸い、利用客も少ないし、ゆっくり静かに過ごせるな。


 その後、俺はサウナや寝転び湯を楽しんだ。


 ・

 ・

 ・


「――ふぅ、いい湯だった」


 温泉から出て、俺はひとりゲームコーナーをうろついていた。女の子組は時間が掛かりそうだな。


 スマホを見ても特に反応はないし、適当にメダルゲームでも遊んでいようかなとパチンコ・スロットコーナーへ向かう最中、誰かとぶつかってしまった。


「きゃ!?」


「あっ! ご、ごめんなさい……って、どこかで見た顔」

「メダルが散らばっちゃった……って、回くん!? 春夏冬 回くんだよね!?」



 なんと、健康ランドの浴衣を着る『安曇野あづみの もも』がいた。そういえば、松本城で目撃情報があったけど、まさか健康ランドも利用していたとは。



「久しぶりだな、安曇野! あとで連絡しようと思っていたんだ。本人がここいるとは」

「う、うん。偶然だね!」


 なんだか妙な言い方だな。まあいいか。

 久しぶりに再会に俺は、胸が熱くなった。

 かつての同級生と健康ランドで鉢合わせるとは、運命としか思えない。



「安曇野は、ひとりなのか?」

「もちろん。彼氏なんていないし~…はぁ」



 落ち込む安曇野。

 そうか、ひとりで健康ランドとは渋い趣味だな。



「聞いて悪かった。健康ランドはよく利用するんだ?」

「ネカフェ行くよりも快適だからねー。素泊まりなら格安だもん」

「それもそうか。それにしても、安曇野……変わらないな」



 栗色の髪、特徴的な泣きボクロ。

 健康的な肌やスラっとした脚は、当時のままだ。あれから時間はそれほど経っていないし、当然か。



「ちょ、どこ見てるのよ、回くん」

「いや、別に。元気そうで良かったなと」

「今、胸の辺り見てなかった!? くぅ、どうせ私は貧乳ですよっ」


 確かに、歩花と比べると随分と平だ。

 けどその分、安曇野は美人で可愛いし、芸能人にしてもおかしくない容姿をしている。これで彼氏がいないのか、信じられんな。



「ま、まあ……意外なところで会えて良かったよ」

「むぅ。まあいいけどね。回くんこそ一人なの?」

「こっちは妹と、その妹の同級生がいるんだ。女子高生二人を連れ歩いているよ」


「そうなんだ。回くんって妹さんがいるんだね」


 噂をすればなんとやら、歩花と紺が戻ってきた。


「お兄ちゃん~! 温泉気持ち良かったよぉ」


 火照った体で抱きついてくる歩花を俺は受け止めた。紺も負けじと飛びついてきた。この状況に安曇野は仰天していた。


「えっ、回くん……モテモテじゃん!」

「あ、あはは……」


 歩花と紺にどう説明したものか。

 いや、けど松本城では一度会っているようだし――何とかなるといいけど。

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