喫茶店『まるも』で幸せなおやつタイム

「えっ、もしかしてお兄ちゃんの知り合いだったの?」

「あ、ああ……実は、長野で会う約束をしていたんだよ。まさか、この松本城にいたなんて」



 なんという偶然。今日にでも連絡して、明日伺おうと思っていたのだから。今すぐ連絡して呼び止めるという選択もあるけど――いや、どのみち会うんだ。今でなくていいだろう。



「どうします、回お兄さん」

「んや、連絡先は知ってるし、後にするよ」


「えっ! お兄さん、さっきの姉さんの連絡先を知っているほど仲がいいんですか」


 意外すぎると驚く紺。

 その事実に歩花も不安気――ていうか、殺意が芽生えているような!? やっべ、つい口が滑った。



「こ、高校の時の同級生なんだよ。だから、その……な? 別に不自然ではないだろ」



 なんとか言葉を振り絞る。

 すると、紺は納得してくれた。



「なるほど! それなら納得です。まさか同級生さんが長野にいるなんて驚きですね」

「あ、ああ……」



 だめだ、歩花の顔が笑ってない。なんとか機嫌を取り戻さないと刺されるな、俺。



 とにもかくにも、松本城を後にした。城周辺を抜け、また博物館の前へ。そのまま喫茶店『まるも』を目指す。ここから徒歩で十分ほどらしい。



 汗がジワジワとにじみ出る中、松本市の道路を歩いていく。それにしても、紺は涼し気でうらやましいな。


「なあ、その空調服って涼しいのか?」

「はい。服の中で空気が循環しますし、ネックファンが首の裏を冷たくしてくれるので最強ですよ! 回お兄さんもいかがです?」


「空調服は興味あるな。道中で買うかも」


「おぉ~! いろんなメーカーのありますし、なるべく高額の物の方がいいですよ。ファンの強さとか静穏性とか、バッテリー持ちとかありますから!」



 さすが詳しいな。

 実は、紺ってガジェットオタクなのかもしれない。


 そんな話をしていると喫茶店に到着する。しかし、このままは入れないな。



「紺、すまないけど席を取ってきてくれ。俺はちょっと歩花に話があるんだ」

「は、はい……分かりました」



 首を傾げる紺は、不思議そうに喫茶店へ入っていく。俺は、紺が中まで入った事を確認して、歩花に話しかけた。


「歩花、膨れ過ぎだ。そんなムッとしていたら、旅が詰まらなくなっちゃうぞ」

「膨れてない。ただ、さっきの綺麗な人がお兄ちゃんの同級生だったんて意外すぎて……驚いているだけ」


「そ、そうか? そりゃ、高校生活で女子に話しかけらたのって安曇野くらいだけどさ。と、言ってもキャンプ部の体験入学でちょっと話した程度なんだ。正直、接点なんてそれしかない」


「え……そうなの? じゃあ、連絡先交換したって、なに」


 やっぱり不機嫌っぽい。

 多分、ライン交換したことに怒っているようだ。だけどなあ、安曇野との約束だったからな。うまくかわすか。



「他意はないよ。純粋に旅先でまた再会できたらいいねって話だったんだ」

「本当にそれだけ?」

「ああ、旅ってのは人生と同じで出会いと別れがつきものなんだよ。きっと面白いこととか教えてくれるよ」


「……うん、ごめんね」

「いいさ、もう慣れたし」


 俺はそっと歩花の手を握る。

 少し驚いて、歩花は手を握り返してくれた。


 そのまま喫茶店へ入っていく。



 * * *



「――あれぇ、回お兄さんも歩花ちゃんも、なんで手を繋いでるの? 顔真っ赤だし」



 席を取ってくれた紺が俺と歩花をキョロキョロと見渡す。



「仲の良い兄妹だからな」

「う、うん。それにね、わたし虚弱だから……たまにお兄ちゃんに手を繋いでもらうの」


 ナイスフォロー、歩花。

 おかげで紺は、自然に納得してくれた。



「そっかそっか! それより座りなよ、二人とも。ていうか、椅子凄くない!?」



 確かに、木製の落ち着いた作り。背もたれまであって、しっかりと身を預けられる。机なんか円卓テーブル。これまた木製で喫茶店らしいダークブラウンの色合いが空間と見事にマッチしていた。


 メニューを開き、選んでいく。



「とりあえず、ケーキセットかな」

「歩花もそれにする~」


 紺も同じものになった。

 ケーキセットは『自家製レアチーズケーキ』と『まるもブレンドコーヒー』。レビューや情報サイトでもこれが一番おススメのようだった。



 しばらくしてケーキとコーヒーが運ばれてきた。真っ白なチーズケーキの上には、紫紺しこん色のブルーベリージャムがふんだんに。濃厚で美味そう。


 コーヒーの香りも上品で落ち着く。



「これこれ、これですよぉ~!」



 目をキラキラ輝かせる紺。同様に歩花も機嫌を取り戻してケーキに釘付けだった。おぉ、良かった。という俺も、これにはテンションが急上昇。


 これは絶対に美味い。

 まずはスマホで記念撮影。

 写真と動画の両方でデジタル保存。


 それからスプーンを手に取って、ケーキから味わう。形が崩れないよう、そっとすくって、チーズケーキを口へ運ぶ。


 すると、ブルーベリーの酸味と融合して、甘酸っぱくて――けれど甘くて脳が痺れた。今日一日の疲れが取れる気分だ。肉体的にも精神的も回復していくようだった。



「んまぁ……!」

「うんうん、お兄ちゃん。このチーズケーキ、すっごく美味しい。やばくない!?」

「これは百個くらいけちゃうな」

「あはは。歩花も同じこと思った」


 おやつを楽しんでいく。

 紺も満足気にケーキとコーヒーを楽しむ。この喫茶店へ来て良かったぁ。店の雰囲気もばっちりだし、ケーキとコーヒーも最強クラスに美味い。


 このお店はまたいつか再訪したいな。

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