ヘンタイ妹でごめんね

 歩花の機嫌が悪くなりそうだったので、俺は紺と離れた。


「と、とりあえず、もう少し回ろうか」

「……はい。回お兄さん、大丈夫です?」

「あ、ああ……」


 ヤバすぎるラインが来たなんて言えるわけがない。


「あたし、ちょっとウェアラブルカメラの“GOプロ”使って5K撮影してきますね!」


 へえ、手元に自撮り棒を持っていると思ったら、小型サイズのカメラだったのか。またの名を“アクションカム”という。スマホとかビデオカメラで撮りにくい激しい動きや、スローモーションから微速度撮影タイムラプスなど新感覚の映像を撮影できる。しかも、今時の“GOプロ”は手振れもほとんどなく、スタビライザー(ジンバル)いらずの安定した撮影が望めるという。


 今の技術って凄いな。


「その撮影した動画って投稿アップするの?」

「はい、編集してヨーチューブに日記Vlogとして投稿しているんですよ~」

「へえ、凄いな」


「では、行って参ります!」


 可愛く敬礼する紺は、撮影しに行ってしまった。俺もヨーチューブに投稿しようかな。せっかくの旅の記録をどこかに残しておきたいし、撮影はしておくか。


 ひとまず、歩花の機嫌を取り戻さないと死が待ち受けている。窓際で背を向ける歩花にそっと近づいていく。


 無防備な背中の前に立ち、そっと抱きしめる。



「ごめんな、歩花」

「…………」


「その、機嫌を戻してくれ。良い旅にしたいから」


「わたしの方こそごめんね。我儘わがままばかりで……紺ちゃんだって、お兄ちゃんと会うのが楽しみだったもんね」


「俺だけじゃない、歩花とも会えて嬉しいって言っていたよ。だから、仲良くな」



 すっかり“ショボン”となってしまった歩花は、俺の方へ身を預けてきた。長野までの大移動で心身共に疲弊ひへいしているようだし、俺がしっかりしないとな。



「うん。でも、お兄ちゃん……紺ちゃんからキスしてもらっていたよね?」



 やばい、あのキスシーンを見られていたのか。



「頬だよ。海外では頬にキスは挨拶だろ。ほら、紺ってお嬢様で海外にも行くようだし、そういう習慣があるんだろう」



 ――と、俺はなんとか誤魔化してみた。だが、歩花は次にとんでもない要求をしてきた。



「じゃあ、ここでわたしにキスして。丁寧だけど激しめので」

「え……」



 そこまで細かい要求を!?

 いや、さすがに松本城の天辺でディープキスとか……良いのか。確かに、周囲に人はいないし絶好のチャンス。紺が帰ってくる気配もない。


 記念を残すなら――今しかないか。

 でもな。


「いいでしょ? 歩花とお兄ちゃんって義理の兄妹なんだよ。結婚だって出来るよね。わたし、お兄ちゃん以外の男の人なんて考えられない。はじめてはお兄ちゃんが良い」



 ――ああ、そうだな。

 俺は何を恐れていたんだ。

 大切なのは現在いまなんだ。


 過ぎ去った時間は決して戻らない。だからこそ、今という時間を大切しないと後悔する。ああしておけば良かった、と。


 そんな中学、高校生活を送り続けていたような気がする。大学生になった現在いまでさえも。


 気持ちに嘘はついてはいけない。

 歩花との時間を大切にしたい。


 まだ遅くはない。

 千里の道も一歩から。俺は、この旅を一歩、一歩丁寧に、歩花と共に進んでいくんだ。なら、俺のやるべきことは決まっている。



 歩花を振り向かせ、俺は改めて腰に手を添える。ぎゅっと手繰り寄せて、まずは抱きしめた。暑いけど――関係ない。


 ぎゅうぎゅう抱きしめて、まずは歩花を感じた。


 だけど、なんだろう。

 歩花が薄着なせいか、胸とか下腹部の接触がいつもより激しい。俺はつい興奮してしまった。



「お……お兄ちゃん。なんか、えっちな気分になってきた」

「俺もだよ。歩花、いつもより息荒いな」

「えへへ。わたし、今、ここでシたいって思ってる。ヘンタイ妹でごめんね。さっきも、実は……」


「いや、全部言わなくていい。嬉しいよ。歩花も、俺に興奮してるんだ?」


「うん。でも、観光地でそんな事をしたらダメだよね。だから、キスして」

「そうだな。スキンシップはこれくらいにする」



 ゆっくりと顔を近づけていく。

 歩花の桜色の唇に重ね合わせ、甘い一時を過ごした。



 * * *



 紺が戻ってくる気配があったので俺は歩花から離れた。


「……いっぱいキスしちゃったね、お兄ちゃん」

「あれからもう十分も経過してた。時間はあっと言う間だな」


 そろそろ城を出たい。

 そう思った直後には、紺が姿を現した。


「ただいま~。城中あっちこっち歩いていたら、戻るの大変になっちゃった! けど、たくさんイイ動画が撮影できました」


 満足気な笑みを浮かべる紺。

 良かった、こっちの事には気づかれてなさそうだな。彼女が立ち去ってから、ずっと歩花とキスしたり抱き合ったりイチャイチャしまくっていたからな。そんなシーンを動画に収められていたら大変だ。



 三人で城を降りていく。

 帰り道も慎重に行かないと、階段が急すぎるから転倒してしまう。大ケガだけは避けないとな。



 ――そうして、ようやく松本城から脱出を果たし、久しぶりに外へ出た。



「ふぅ、楽しかった。なんだかタイムスリップした気分だった」

「そうだね、歴史を感じたよ~」


 すっかりご機嫌の歩花の足取りは軽かった。ふぅ、良かった。一時は殺されるかと思ったけど。



「回お兄さん、あたしは御手洗いへ行ってきます」

「あ、じゃあ、わたしも~」



 二人とも我慢していたのか。

 という俺もお城にずっと居たせいか、膀胱ぼうこうが危うかった。いったん、トイレ休憩。抗えぬ生理現象を解消し――俺たちはトイレへ。


 数分後、俺は最初にトイレの外にいた。歩花と紺はまだいない。二人とも女の子だから、時間が掛かるのかもしれない。


 その間、スマホで今後の天気とか調べた。そう、先輩によれば台風が近づいていると言っていた。長野にはギリギリ通過するかどうかと言っていたけど、天気なんて気まぐれだからな。特に山奥の天気は崩れやすい。



「どれどれ、うーん。結構近いな」



 天気情報によると、台風は名古屋の手前にいるようだ。そうか、だからさっきから空が曇りつつあるんだな。


 現在の時刻は十五時。


 明日は直撃になるかもしれない。頼むから、こっちへ来ないでくれよ。祈りつつ、歩花と紺の帰りを待った。


 それにしても、遅いな。


 ……お?

 二人とも帰ってきた。

 でも、様子がおかしい。



「回お兄さん、大変です!」

「大変!? どうした、なにがあった」


「歩花ちゃんとあたし、ナンパされちゃいました! 初めてですよ、ナンパとか。こんな事ってあるんですね」


「なんだ、ナンパかよ。それなら、ここへ来る前に歩花が経験済みだ」


「いえ、それが女の人・・・からだったんです」

「は!?」


 そうなのか? と、歩花に視線を向けると、うんうんとうなずく。



「あのね、お兄ちゃん。栗色の髪で、迷彩服の綺麗な女の人に家に来ないかって」

「えぇ……。なんか変わった女性だな。……って、まてよ。栗色の髪? 迷彩服? どこかで見た覚えがあるぞ、それ」



 ま、まさか……松本城にいたのか、安曇野あづみの!!

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