松本城で再会の乾杯

 車の外で待つこと数分。

 歩花は赤い顔のまま出てきた。服装は白いワンピースのまま。特に変化はないように思える。いったい、車の中で何をしていたのやら。


「遅かったな」

「う、うん。ちょっと汗いちゃったから着替えたの」

「そういうことか。今日、暑いからな」

「そうそう。そうなの、待たせてごめんね」


 麦わら帽子を“ぎゅっ”と握る歩花。手が震えてる? ああ、そうか。日差しが強いんだ。歩花は、全身が透明のような白肌だから、日焼けしたくないんだな。


「ちゃんと日焼け止めは塗ったか?」

「うん、UVカットをばっちり」


 歩きながら確認する。

 ここからは徒歩五分。すでにお城の屋根の一部、大天守が見えていた。かっこいいな。


 蕎麦屋を抜けた。


 整備された道を歩き、公園から内堀、そこから合流場所の博物館まで目指していく。多くの観光客とすれ違い、人気スポットの具合を伺えた。へえ、旅行客やツーリングライダーの他、外国人とかも意外といるんだな。



「さすが国宝の名城。ここからでも十分大迫力だな。これが戦国時代からあるとか、歴史の重みを感じるね」

「大きなお城だねえ。もともとは深志城ふかしじょうって言うんだって。――あ、堀にこいがいるよ」



 珍しそうに歩花は、深い堀へ近づく。途端に多くの鯉がこちらへ群がり、口をパクパクさせていた。エサが欲しいのかな。


「あんまり近づくと危ないぞ」

「大丈夫だよ~、って、あぁっ」


 歩花は堀に落ちそうになった。

 俺は咄嗟とっさに歩花の腕を引っ張って手繰り寄せた。言わんこっちゃない。危うく転落する所だったぞ。


「こら、歩花。落ちたら大変だったぞ」

「うぅ……ごめんね」

「とにかく、先を急ぐぞ」

「うん、でも助けてくれてありがとね。こんな深い所に落ちたら死んでたかも」


 本当にね。

 さて、博物館だったな。

 あと少しの距離だ。


 俺は歩花の手を繋いだ。堀に落ちたり、はぐれて迷子になったり……連れ去られたりしたら困る。暑いけど、これくらいは我慢してもらう。


 駅前でもバイク乗りの男達にナンパされたし、まったく歩花は危ういな。危険から守らねばな――この俺が。


 そうして警戒しながら前進していくと、ようやく『松本市立博物館』まで来れた。何やらイベントもやっているせいか、混雑していた。こりゃ人が多いな。なんのイベントか分からないけど、先を急ごう。


 人波を抜けていくと、ようやく博物館前。やっとか、ここまで長く感じた。そして、ついに『狐塚こづか こん』と合流を果たした。

 あの博物館の前に立つ銀髪は間違いない。ていうか、めっちゃ目立つ。手をブンブン振って『こっちこっち~!』と叫んでいた。


「紺、お待たせ! マジでいた!」

「紺ちゃん、本当にいたー!」


 俺も歩花も口をそろえて紺との合流に感動して――喜んだ。相模原からよく、125ccのバイクでここまで来れたものだ。凄いとしか言いようがない。

 それにしても、汗ひとつかず、涼しい顔して余裕だな。暑くないのかな。


「やっと回お兄さんと歩花ちゃんに会えた! この松本城で再会できるとか、それだけで嬉しいよ!」


 わぁと喜びを分かち合う。

 周囲から何事かと注目を浴びるけれど、関係ない。俺も歩花も、紺の無事に安堵あんどしたんだ。再び会えることがこんなに嬉しいとはな。


「しかし、暑くなかったか?」

「うん、今日はすっごく暑い。だから、寸前までコンビニの中で涼んでいたよ。それからは、空調服を回し続けてる」


 空調服? 首を傾げながら、紺の姿を観察すると、服が少し膨れていた。そういえば“ブ~ン”と変な音もした。そうか、空調服のファンの音だったんだ。

 周囲の雑音のせいで、それほど気にならなかったけど、耳をすませばファンの回転する音が聞こえてきた。


 そういえば、最近はレディースの空調服も多く発売されている。紺は今、紺色の作業着風のベストっぽい服を着ていた。

 背中の腰付近には二個のファンが取り付けられており、高速回転を続けて世話しなく空気を送っていた。その空気は服の中に溜まり、空気を循環するというわけだ。なるほど、あれで涼しい風を送っているわけか。

 アレいいな。つまり、常に扇風機を浴びている状態ってわけだ。そりゃ、涼しいわけだ。俺も欲しいな。


「いいなあ、それ! 紺ちゃん、そういうの持ってるんだ」

「うん、歩花ちゃん。あと、急速冷却ネックファンも装着してる」


 急速冷却ネックファン。

 通販サイト『アマズン』で見た事がある。首の後ろを冷やす、ちょっと近未来的なアイテムだ。多くは、ペルチェ素子を使った冷却技術らしいが。首を冷やせるから、便利そうなんだよな。


 そうか、バイクの長距離運転も空調服とネックファンで熱さをしのいでいたのか。凄いな、さすがスノーパークの令嬢。やることなすこと大胆だな。


「さっそく松本城を回るか?」

「はい、そうですね。でも、その前に一杯やりませんか?」

「おぉ、いいね! 近くの自販機で飲み物を買おう。俺が奢るよ」

「はい、分かりましたっ」


 歩花と紺を連れて、近くの自販機へ。

 緑茶のペットボトルを買い、二人に配った。俺も同じものを購入。乾杯をして改めて再会を喜び合った。


「紺との再会に」

「紺ちゃんとの再会に」


「回お兄さんと歩花ちゃんの再会に――乾杯」


 お茶で乾杯だけど、飲んだらめちゃくちゃ美味かった。なんだかいつもと違う甘美だ。喉をうるおしたところで、松本城を目指した。

 このまま『黒門』という大きな門の方へ進めば、観覧券売場があるようだ。そこへ向かい、入場料を支払って、いよいよお城へ。


 大人は700円か。

 意外と安いな。


「入場料は俺が奢るからな」

「え、いいんですか、回お兄さん」

「いいよ。紺ちゃんはここまで頑張って来たんだから、ご褒美くらいあってもいいと思う」


「でも、さっき飲み物も奢って貰ってますし」

「あれくらいは構わないさ」

「お、お兄さん、カッコイイ! 本当にありがとうございます。それと歩花ちゃんもありがとう」


 頭ブンブン下げる紺。

 そんなに振り回したら、ネックファンが吹っ飛ぶぞ。恐れていた事態が本当に起きて、ネックファンが『スポ~ン』と抜けて宙を待った。


 ああああああッ!!


 ピュ~~ンと空を飛ぶネックファン。やべえ、誰かにぶつかったら大変だぞ。



「あ、お兄ちゃん。紺ちゃんのネックファンが!」

「任せろ!!」



 ――って、なぜか歩花の頭上に!?



 あ、まずい。

 これ、歩花を押し倒すポジション……!

 やべえ、やべええええ……!

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