究極完全態・病む病むモード
猛暑の中、しばらく待つと狐塚がやって来た。今日も薄いシャツにハーフパンツというラフな格好だった。
「やあ、狐塚ちゃん。暑いね」
「おはようございます、回お兄さん。今日、一日お世話になりますね」
「おう。旅の計画も話し合わなくちゃいけないし、アルフレッドさんにもお願いされたからな」
「ア、アルフレッドがそんな事を? もぉ……」
恥ずかしそうに照れる狐塚。意外だったらしく、車の方を
「暑いし、家に入ろうか……と、言っても荷物を入れないとだけど」
「そういえば、玄関の前にたくさんのダンボールがありますね。これ、通販で買ったんですか?」
「ああ、そうなんだ。ポータブル電源とか
玄関前は引越しかよと思いたくなるほど、ダンボールが山積みだ。これで送料無料なんだから驚きだ。さすがアマズンプライム。
などと感心している場合ではない。暑くてたまらんので、さっさと終わらせよう。
「狐塚ちゃんは、リビングで
「いえ、お世話になる身ですから手伝いますっ」
暑さを吹き飛ばすような爽やかな笑顔で腕を
「そりゃ、ありがたいな! じゃあ、軽いのでいいからお願いできるかな」
「お任せください。あ、それと回お兄さん」
「ん?」
「あたしの事は“紺”と呼んでくれませんか? 苗字より、名前で呼ばれる方が慣れているので」
「な、名前か」
「歩花ちゃんは名前で呼んでいるじゃないですか~」
そりゃね。けど、狐塚もこれからは旅と共にする仲となるのだ。少しは距離を近づけるのもアリだろうな。
「分かった、紺ちゃん……でいいかな」
「呼び捨てで」
「うぅ……」
まさか、歩花以外の女の子を呼び捨てにする日が来ようとは。なかなか勇気がいるなあ……。
「こ、紺」
「う~ん、八十点ですね。とりあえず、オーケーとしましょう」
「まだ慣れないんだ。済まないね」
「いえいえ、では運びますよ~」
一緒になってダンボールを中へ運んでいく。十、二十と運んでいると歩花が姿を現した。頭にタオルを掛けて。
どうやら、風呂に入っていたようだな。
「おはよー、お兄ちゃん。玄関で何やって……え、紺ちゃん!?」
タオルを外す歩花は、紺の存在に気づく。目を白黒させ、状況が飲み込めていない様子。やれやれ、俺が説明するか。
「歩花、さっき紺と合流した。アルフレッドさんの迎えで来たんだよ。今日、一日一緒だから、旅の計画を話し合おう」
「そうなんだ。いらっしゃい、紺ちゃん!」
歓迎する歩花は、紺の傍まで駆け寄る。
「歩花ちゃん、おはよう。その、お邪魔するね……」
「いいよ、紺ちゃんなら。昨日、ラインで事情も知ってるし、親と大喧嘩したんだって?」
「う、うん。旅に出る出ないで……そりゃ、もう
紺がキレるシーンなんてイメージつかないな。大人しくしていれば、ガチのお嬢様にしか見えないし。銀髪だし。でも、それでも紺は旅に出たかったんだ。親に大反対されても、自分の意思を押し通した。
それは
アルフレッドもそれを分かっていて、紺に味方したのかも。
「そっかぁ、ラインで聞かされた時はヒヤヒヤしたけど、紺ちゃん強いね」
「あたしって、なんかこう人に束縛されるのが好きじゃないっていうか、縛られるより、縛りたい的な?」
なんで、俺を見て言うんだ!?
しかも地味に恐ろしいな。
「なるほど、紺は自由でいたいんだな」
「その通りです、回お兄さん! それに、高校最後の夏。後悔はしたくないじゃないですか」
その気持ちはよく分かる。俺は、高校の時にあんまり良い思い出はなかったから、せめて歩花には幸せな思い出を作ってあげたい。だからこその旅だ。
「後悔はしたくない……か。そうだな、望みに歩むのが気持ちの良い人生ってモンだ」
「回お兄さん、良い事言いますね。尊敬しちゃいますっ」
ハリウッドスターも
嬉しさのあまり、涙をぐっと
「…………」
非常にまずい。
究極完全態・病む病むモードになっているぞ。
「歩花、あとでお前の大好物のアイスクリームを買ってやる!」
「ほんとぉー!!」
目を輝きを取り戻す歩花は、テンションを爆上げ。飛び跳ねて喜んだ。食べ物に弱くて良かったぜ!!
特にスイーツ系なら効果はばつぐんだ!
「じゃあ、荷物を運び終わったらコンビニへ行こう!」
「「おお~!!」」
一時はどうなるやらだったけど、ようやくダンボールの運び出しが始まった。
世話しなく行ったり来たりを繰り返す。こんな炎天下の中で作業は、骨が折れた。背中が汗でぐしゃぐしゃだ。
「ふぅ……三十分も掛かったな。お疲れ、歩花と紺」
「もぉ、せっかくお風呂入ったのに……」
そういえば、歩花は朝風呂へ行っていたな。今はすっかり汗びっしょり。紺の方もダルそうにしていた。こりゃ、いったん冷房に当たりたいな。
「じゃあ、二人とも風呂に入りなよ。その間に、俺はコンビニへ行ってアイスを買ってくるからさ」
「いいんですか、回お兄さん」
「構わないよ。紺ちゃんだって汗を流したいだろう?」
「そ、そうですね……さすがにこのまま過ごしたくはないです」
となると、俺が家を出ていくしかないだろうなあ。歩花だけならいいけど、紺もいるとなると……さすがに気まずい。
「それじゃ、歩花。紺を頼むよ」
「う、うん。お兄ちゃんがちょっと心配だけど……」
「大丈夫さ。ラインするし」
「そっか! 何かあったら、ちゃんと電話してね。絶対だよ」
「そんな心配するな。ちゃんと歩花のところに帰ってくる」
「……うん」
歩花は心配性だなあ。
いやだけど、しばらく離れてないもんなあ。こうして離れ離れは久しぶりかもしれない。いつも俺の後についてくるし……うーん。俺も歩花がちょっと心配だけど、紺がいるし、大丈夫だろう。
それに、家の少し離れた場所にアルフレッドの車も停まっていた。どうやら、監視というか見守っているようだな。なら、暴漢とか現れてもアルフレッドが何とかしてくれるだろう。
俺は、ひとりでコンビニを目指した。
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