キスの条件

 再び電車に揺られて穂高ほだか駅へ。

 そのまま駅を出ると狐塚がくるりとこちらを向く。どうしたんだ?


「回お兄さん、歩花ちゃん。今日はありがとうございました! わたしは、ここで帰りますね」


「いや、待ってくれ。家とは連絡ついたのか?」

「ええ。穂高駅に迎えに来て貰っていますから、ご安心を。ほら、直ぐ来ました」


 停車する超高級車。

 これはロースロイスの『ファントム』じゃないか! いかつすぎるっていうか、マジのお嬢様じゃん。しかも、運転席からは白髪の眼帯執事が出て来た。なんて高身長。外国人か。ていうか、この執事もいかつすぎだろっ。



「お嬢様、お迎えに参りました」

「ありがとう、アルフレッド。それと、こちらの方々は御友人です」


「おぉ、これはお嬢様の……いつもお世話になっております。歩花様、それに……」


 執事が俺を優しい目で見据みすえる。

 こんな本物ガチの執事、はじめてみたぞ。


「俺は、春夏冬あきなし かい、歩花の兄です」

「そうでしたか。昨晩は泊めていただいたようで、保護して戴き感謝いたします」

「いえいえ、歩花の友達ですし、当然ですよ」


「それでは、私とお嬢様はこれにて」


 丁寧に頭を下げる執事のアルフレッド。狐塚ちゃんを先に車に乗らせ、ドアを閉めた。そうして車は去っていく。


 最後まで手を振って別れた。……なんかとんでもない光景だな。



「す、凄かったね、お兄ちゃん」

「さすが、Snowスノー Parkパークのご令嬢。普段はあんな無邪気なのに、信じられないな」


「う、うん。紺ちゃん、あんまり自分の事を話さないからね」

「なるほど。多分、狐塚ちゃんは普通の暮らしを望んでいるんだろうな。そうでなきゃ、わざわざバイクの免許は取らないだろうし」


「そうだね、バイクで日本一周とかしたいって言っていたし、多分そうなのかも」


 いいね、バイク女子は貴重な存在だし、モテるぞ~。実際、俺もかっこいいと思っているし、一緒にツーリングとかしたら楽しいだろうな。



 ――そんなこんなで家へ向かった。



 帰り道、歩花はずっと歩きスマホをしていた。フラフラして危険だし、マナー的のよろしくないのだが――まあ、俺が誘導していたし、いいけどさ。


 帰宅後、まだ歩花はスマホを弄っていた。


「ちょっと、歩花。帰ってからもソファに寝そべって……だらしないぞ」

「だってお兄ちゃん、お仕事忘れてるから歩花が代わりにやってあげてるの」

「お仕事?」


「うん、オータムのレビューだよ~。だから今、お店のレビュー書いてる。あとツブヤイターでもつぶやいてる」


 チラッと歩花のスマホを覗くと、詳しく書かれていた。そうだったな、先輩に約束しておいて忘れていた。……って、ツブヤイターも?


「なあ、歩花。ツブヤイターでは何をつぶやいた?」

「お兄ちゃんとえっちな事しましたって♡」


 歩花のツブヤイターは、俺もフォローしているはず。そんな過激な投稿内容は流れて来ていないぞ!


「俺、歩花のつぶやき見れないんだけど?」

「うん、だってお兄ちゃんは“ブロック”してるもん」


「はぁ!? なんで!?」


 そんなあ、酷い。道理で最近、歩花のつぶやきが流れて来ないと思ったよ。


「ごめんね」

「どうしてさ……歩花! 俺をブロックする必要はないじゃん。酷くね? 他のフォロワーにはえっちな画像とか流してるのか!?」

「う~ん、谷間とかフトモモくらいかなー」


 やばい、歩花のツブヤイターがいつの間にか裏垢女子っぽくなってる! これは直ぐに止めねば、怪しいおじさんから、ダイレクトメッセージDMとか来ちゃうヤツだぞ。


 正さねばならない、兄として。



「歩花、今すぐツブヤイターは止めなさい。えっちな自撮りも禁止だ! そういうのは、お兄ちゃんだけに送りなさい」


「じょ、冗談だよ。怒らないでお兄ちゃん。そんなえっちな画像とかつぶやいてないし、ブロックもしてないから」


「へ!?」



 ……冗談かよ。

 どうやら、一時的にフォローを外されていただけらしい。でも、酷いよぉ。ちょっと悲しんでいると、歩花が俺の頭を撫でる。



「そういうのはダメって、お父さんに言われてるもん。それに、フォローしているの同級生とか先輩とかだけだよ。安心して」

「親父かよっ! まあ、でも良かったよ。頼むから、お兄ちゃんもフォローしてくれよ?」



「う~ん……どうしよっかな」



 悩む仕草を見せる歩花。

 なんでそんならすの!

 らしプレイなのか!?



「あ、歩花……まさか、フォロワーに気になる人でもいるとかじゃないよな」

「そういえば、車中泊のことをつぶやいたら、すっごくリプくれた人がいたの。いっぱい楽しいこと教えて貰っちゃった」


「え……」



 俺以外の男に楽しいことを教えて貰った?? 誰だよ、そいつ! 許せねえっ!



「まあ、お兄ちゃんなんだけどね」

「って、俺かーい!」



 俺だったわ。そや、歩花が学校に行っている時にリプしたな。他の男じゃなくて良かったと安堵あんどしていると、歩花のスマホに電話が入った。


 どうやら、親父のようだな。


「もしもーし、お父さん~?」

『久しぶりだな、歩花。回とは喧嘩けんかせずに上手くやっているか』

「うん、わたしとお兄ちゃん、すっごく仲良いもん。ラブラブだよ~」

『そうか、なら安心だ。今、父さんと母さんもラブラブさ~、はっはっは!』


 どうやら、親父の方も母さんと仲良くやっているようだな。既にドバイに到着して満喫まんきつしているようだった。



「お土産よろしくね~」

『ああ、八月末には帰ると思う。それまで二人で仲良くやるんだぞ』

「うん、こっちも旅行に行くから」

『おぉ、そうか! まあ、大人の回がいれば大丈夫だろう。歩花、襲われそうになったら直ぐに父さんに言うんだぞ!』


「大丈夫だよ~。お兄ちゃん、優しいもん」

『そうだな。間違いは起こらんだろう! じゃあ、また連絡する」

「うん、またね~」


 そこで電話は切れた。

 ていうか何言ってんだ、親父のヤツ!


「歩花、とりあえず……」

「うん?」

「ツブヤイターをフォローしてくれ」

「分かったけど、お兄ちゃんからキスしてくれる? そしたらフォローする」

「本当か」

「ほんと。はい……どうぞ」


 まぶたを閉じ、歩花はツヤツヤで桃色の唇を突きだす。そういえば、俺からはキスした事はない。でも、フォローしてもらう為だ。それが条件なら――俺は。

 俺は歩花の肩に手を置き、そっと口を近づけた。そして、ゆっくりと唇を重ね合わせ、しばらく甘い時間を過ごした。


「……こ、これでいいだろ」

「うん。いったん・・・・フォローするね。一日経ったらまたリムるから、またキスしてね♡」



 ――なッ! ハメられたぁー!!

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