ギャル先輩からの告白

 唇には、まだ歩花の感触がわずかに残っていた。自分からキスしたという事実が頭から離れず、激しい鼓動こどうがずっと鳴りやまなかった。


 歩花の顔を見ているだけで……顔が熱くなる。まずいな、これ以上は。このままだと俺は……俺は……。


 ――何を考えているんだ俺は。


 冷静になろうと晩飯の準備を始めようとした。


「あ、晩御飯なら、わたしが作るよ。お兄ちゃんはお風呂に入ってきて」

「良いのか。最近はいつも一緒に入っていただろ」

「え~? お兄ちゃん、歩花と一緒に入りたいのぉ~?」


 うわ、なんか今日の歩花はからかい・・・・モードだな。くそう、この小悪魔め。だけど、可愛いから何でも許せちゃう。


「い、いいだろ。兄妹なんだし」

「そうだね、お兄ちゃんから誘ってくる事なんて滅多にないし、いいよ」


 レンブラント光線のような神々しい笑顔で返事をくれる歩花。……く、くぅ。それは卑怯だ。俺は握り拳を震わせ、ある衝動を強く抑えていた。けれど、歩花のあざとい微笑みに完膚かんぷなきまでに敗北した。ああ……認めよう。今は俺の負けだ!


 ついに俺は、可愛がりたいが限界突破し、思わず歩花の頭をでまくっていた。


「……歩花! 歩花は可愛いなぁ!」

「お、お兄ちゃん……えへへ。それはちょっと想定外だった。でも、嬉しい」

「突然ごめんな。けどな、歩花のせいだぞ。お前が可愛すぎるからいけないんだ


「もぉ、お兄ちゃんったら……あーあ、今日はお兄ちゃんをからかって遊ぼうと思っていたのに、これじゃあ歩花の負けだね」



 やっぱり、そういう魂胆こんたんだったのかよ。道理で攻めてくると思ったよ。



「オーケー、満足した。それじゃ、風呂へ行ってくる」

「下準備したら、わたしもお風呂に行くから」

「分かった。待ってるぞ」



 俺は、ルンルン気分で風呂へ向かった。



 脱衣所で服をカゴに入れ、浴室へ。

 シャワーを浴びて今日一日の汗を流した。歩花はまだ来ない……ので、浴槽にどっぷり浸かった。……ふぅ、いい湯だ。今日は温泉の素『草津』を投入済み。

 独特な香りが気分を盛り上げた。



 ――それにしても歩花、遅いな。



 準備に時間が掛かっているのだろうけど……ん? 風呂に持ち込んでいるスマホが鳴った。防水ケースに入れて、たまに動画を見る為だった。



 あれ、ライン電話だ……しかも、椎名先輩じゃないか。こんな時間になんの用だろう。もしかして、軽キャンピングカーに何かあったのかも。俺は、電話に出た。



「もしもし、先輩」

『こんばんはー、回くん。突然の電話、ごめんね』

「いえ、大丈夫ですよ。それより、どうしたんです? 納車日がズレるとか」

『それは心配しないで。ウチの柚っちは優秀よ~。ちゃんと明後日には終わるって』


「じゃあ、この電話はいったい……?」


 聞き返すと椎名先輩は、深呼吸していた。なんだ、緊張しているのか。


『ひとつ聞きたいんだけど、回くんって……彼女いるの?』

「えっ……か、彼女!?」


 な、何だこの唐突とうとつ過ぎる質問。

 先輩がなんでそんな事を俺に聞くんだ?


『うん、教えて』

「いませんよ、そんなの。俺って陰キャにカテゴライズされる人種だと思いますし、ぜんぜんモテませんよ」


『いやいや、回くん。それはおかしい。今日あんな可愛い子連れていたじゃない! 狐塚ちゃんだっけ。すっごいお嬢様っぽいオーラ出てたけど! 銀髪だし』

「あの子は歩花の友達ですよ。俺と彼女に今のところそういう恋愛関係の兆しはありませんね」


『ど、鈍感すぎでしょ……』


 先輩はボソッと何かを言った。声が小さすぎて聞こえなかった。



「なんです?」

『何でもない。じゃあ、特定の相手がいないなら、あたしが彼女になってあげよっか』


「――――え」



 先輩は今、なんと?

 混乱していると、先輩はもう一度その言葉を口にした。



『彼女になってあげる。回くん、面白いもん。それに、キャンピングカーに興味持ってくれたでしょ。そういう若い男性ってあんまりいないし、珍しいよね。

 それにさ、バイトの現場ではよく可愛がってあげたじゃん……? あの時から、ちょっと気になっていたんだよね』



 マ、マジか。確かに、物流倉庫のバイト先ではよく面倒を見て貰っていた。でも、仕事だけの関係だと思っていたし、辞めてからも接点はもう一生ないものだと覚悟していた。というか、普通は一期一会いちごいちえだ。

 仕事の縁なんて自然消滅フェードアウトしていくものだ。けれど、先輩とはまた再会を果たした。あのキャンピングカー販売店で。


 なら、これは“運命”なのか?


「先輩、俺……」

『直ぐ返事しなくていいよ。妹さんと旅に出るんでしょ? じゃあ、終わってからでもいいよ。ラインならいつでも出来るし』


「先輩……はい、申し訳ないです。でも、椎名先輩の事は尊敬しています! バイトの時は、俺をパワハラからかばってくれたし、カッコ良かったっすよ。あの時の先輩には一目惚れだったなあ」


『む、昔の話よ。……あぁ、もうなんか暑くなってきたわ。ごめんね、切る』

「ああ、はい。わざわざ済みませんでした。また」

『うん。またね、回くん』



 ――そこで電話は切れた。


 ……まさか、先輩から告白されるとは思わなかった。こんなタイミングで。そもそも、あの美人ギャル先輩にそんな気があるとは思えなかったし、彼氏とか普通にいると思っていた。だから、仕事先の先輩って認識だった。


 でも、それは違った。

 先輩はずっと俺を思っていた……のか?


 あぁ、もう頭の中がグチャグチャだ。情けない事に今の俺は、スマホの画面に映し出されている先輩の名前をぼうっと眺めているのが精一杯だった……。



 そんな時だった。



 浴室の扉の前に人影がぼんやりと揺れていた……。なんだ、まるで亡霊のような……不気味さ。あまりにゆらゆら揺れるものだから、俺は背筋が凍った。



『――――』



 え、あの影……なんか『包丁』っぽいものを取り出したような。てか、金属音が響いたような……! お、おいおい、まさか強盗?


 あまりの事態に戦慄せんりつしていると――扉の向こうから声がした。



『お兄ちゃん……誰と話していたの。なに、一目惚れって……。告白って……!』



 声を荒げ、語気を強める歩花。

 ……って、あの包丁を手にしている影は、歩花ー!? な、なんでそんな物騒な! うわ、浴室に乗り込んできた。うわ……うわ、うあああああああああ――――!!

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