ポータブル電源とソーラーパネル

 狐塚ちゃんがダウン中とはいえ、いいのか。……でも、今の歩花は壊れてしまいそうで、消えてしまいそうでもあった。


 せめて、抱き合うくらいはいいよな。


 腕をそっと回し、歩花の小さな身体からだを抱きしめていく。びくっと身を震わす歩花は、敏感なのかほのかに息を乱す。



「ごめんよ、歩花。俺って情けないことに恋愛経験ないし、女の子をどう扱えばいいのかイマイチ分からなくてな。特に歩花は、妹として接していたからさ……余計に」

「ううん、歩花も一緒だよ。漫画とかの知識しかないし」


 そうなのか。というか――だとすれば、なかなか過激な漫画じゃないか、それ!? おかげで、こんなえっちな妹になってしまったわけか。どんな漫画か気になるな。だが、ここは兄として注意しておかねば。



「歩花、その本を読むのは直ぐに止めなさい」

「大丈夫だよ~、えっちな本じゃないし。実の兄妹が駆け落ちして禁断の愛を――」

「アカン!!」


 それは悪影響な気がしてきた。

 まさか、歩花ってキャンピングカーで俺と駆け落ちを夢見ている……のか? いかんな、それこそ禁断の愛とかになっちまうよ。


「でも、わたしとお兄ちゃんは血が繋がってないし、子供作れるよね!?」

「うわぁ、今のすげぇドキッとした……」

「うん……今、歩花もドキドキがやばい。こんな事、学校じゃ絶対に言えないし」

「まったくもう、歩花がどんどんえっちな妹になっていくなぁ」

「えへへっ♡」


 抱き合っていると、段々眠くなってきた。歩花の体温が程よくてコタツのように気持ちが良かった。裸でなくとも、こんな風に抱擁ほうようを交わすだけでも幸せだ。


 俺はついつい調子に乗って、歩花を抱き枕みたいにした。少し強引だけど、それでも歩花は嫌な顔せず受け入れてくれた。



「暑苦しくないか?」

「ちょっと息苦しいけど、でもこれが逆に良い……。お兄ちゃん、抱き合うだけでも、こんな幸福になれるんだね。知らなかった」


 俺も知らなかった。

 時間を忘れて夢中になってしまう。

 ただ抱き合うだけなのに。


 ――そんな中だった。


 急にリアカーテンが開き、狐塚が起き上がった。目と目合い、俺と歩花のトンでもない状況を目撃されてしまう。



「「……あ」」



 茫然ぼうぜんとなる狐塚は、次第に目を白黒させた。



「ふ、二人とも何やってるのー!?」


「いや、これはその……あれだ。兄妹のスキンシップってヤツ?」

「そ、そっか。回お兄さんと歩花ちゃんは兄妹だもんね。って、いくらなんでも距離感近すぎないですか! そんなベッタリ! 羨ま……じゃなくて、さすがにちょっと危険すぎです」



 今一瞬、羨ましいと言いかけたか!? けどまあ、狐塚が元気になったようで良かった。俺はさりげなく歩花から離れ、バンクベッドから降りた。

 スマホで時間を見ると、もう十五時だった。……はやっ。もうこんな時間かよ。歩花と抱き合っているだけで、そんな時間が経過していたとは、幸せって一瞬だな。



「いったん落ち着こう。コーヒーでも作るよ」



 水は十五リッターほど貯水タンクに入っており、蛇口から水を出せた。電気ケトルを使えば一瞬でお湯が沸く。


 高級なスティックコーヒーをれていけば――完成っと。



「ありがとう、お兄ちゃん」

「本当にキャンピングカーって便利ですね」



 二人に手渡し、席につく。


 俺はノートパソコンを取り出し、通販サイトを開いた。そう、早く必要なものを注文しなければならない。間に合わなくなってしまう。


「さて、必要な物を買うぞ。まずは――そうだな、ポータブル電源だけど『ジャックリ』の191400mAh/708Whでいいだろ。これと専用のソーラーパネルセットで十万だ」


「うわぁ、高いですね、回お兄さん」

「まあ、これくらいの投資は仕方ない。バッテリー容量もなるべく多い方がいいし」


 ポータブル電源は、いわばライフラインだ。これが有ると無いとでは大きく変わる。電気を使ううえでは車中泊には必須アイテム。照明やスマホの充電、料理などに使う。中にはテレビや電子レンジ、ドライヤーに繋げて使う人もいる。


 今回のは700Wクラスだから、ドライヤーは使えないけど。


 次にソーラーパネル。100Wで充電できる。天気の良い日なら、50W以上は出るだろうな。これがあれば、どんな場所でも充電できる。


 そうして、俺はどんどん注文を増やしていった。


「ふぅ、こんなところか」

「いっぱい買ったね。これでもう全部かな」

「ああ、数え切れないほど買ったよ。百万は使ったかもな」


 隣で聞いていた狐塚がヘンな汗を掻いていた。


「お、お金持ちですね……どこからそんなお金が?」

「い、言っただろう。株とかさ」

「本当ですかぁ?」


 めっちゃ疑われているが、事実を言うワケにはいかない。ここは話しをらそう。


「ところでどうだい、狐塚ちゃん。車に乗り換える気は?」

「残念ながらありませんね、酔っちゃうので」

「やっぱりそうなのか」


「はい、実は車が特に苦手なんです。自分で運転するバイクならへっちゃらなんですけどね~…」


 そう大袈裟に肩を落とす狐塚。そうか、そんな不得手があったとはな。意外というか、大変そうだな。


 ほのぼとのした空気が流れる中、歩花が狐塚に聞いた。


「ねえ、紺ちゃんさ、本当についてくる気なの? バイクで?」

「バイクでついていく! 行けるところまでだけど……」

「でも大変じゃない?」

「多分大丈夫。寝ている時に“秘策”を考えたから! あの方法・・・・なら、たぶんずっとついていけると思う」



 あの方法?

 どんな方法やらね。気になる所だけど、もう時間が迫ってきていた。



「そろそろ帰る準備をするか。あんまり遅くなると先輩の迷惑にもなっちゃうし」



 二人にシートベルトをつけてもらい、俺は運転席へ。さあ、オータムへ戻るぞ。




 ――外はすっかり茜色。夏休みシーズン故か、まだ川で遊んだり、バーベキューやらで楽しんでいる一家がいた。まだまだ夏は終わらないな――。




 オータムへ戻ると、椎名先輩が俺たちを出迎えてくれた。


「おかえり~。どう、楽しかった?」

「はい、先輩。このキャンピングカーひまわり、最強でした。なんていうか……“家”ですね」


「でしょう! よかったら買う?」

「そうですね、軽キャンピングカーの旅が終わったら考えますよ」


「――へ。今の冗談だったんだけど……言っておくけど『ひまわり』は二千万クラスよ?」


 二千万円であの環境を手に入れられるのか。悪くない。お金には余裕があるし、買ってもいいかもしれない。しかし、それはまた今度だ。今はインディ272の納車を待とう。



「なんて、嘘ですよ。先輩をからかってみただけです」

「なんだー。それじゃ、また明後日かな」

「はい、そうですね。今度こそ納車日に来ます。ご迷惑をお掛けしました」

「迷惑だなんて、とんでもないわ。こっちも楽しかったし! じゃあ、歩花ちゃんや狐塚ちゃんもまたねっ」


 先輩と手を振って別れた。

 いい笑顔だったなぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る