軽キャンピングカー契約完了

 車のスペック確認を終え、後は歩花の判断に任せた。俺は状況を見守るだけ。


「椎名さん、即納可能なキャンピングカーって、この車しかないですか?」

「そうねー。他となると一週間以上は掛かっちゃう。このインディ272なら三日よ」


「そうですかぁ。うーん……うん、分かりました。この車をください!」



 歩花は、はっきり購入の意思を示した。椎名先輩は、手招きして俺を呼び出す。なぜ俺!?



「どうしました、先輩」

「回くん、あのさ、ひとつだけ聞きたいんだけど」

「ええ、なんでしょう?」


「歩花ちゃんって、本当にお金あるの? ていうか、回くんへのプレゼント? 冗談かと思っていたし、ありえなくない!?」


 先輩はかなり動揺していた。普通、そう思うよね。しかし、馬鹿正直に『宝くじで六億円当たりました!』とか言ったら、当然トラブルになりかねない。気づけば、知らない親戚が五人、六人出来てしまうだろうな。それだけは避けねば。


「実は、趣味で始めた株が上手くいったんです。ほら、俺って物流倉庫で働いて結構稼いでいたじゃないですか。その貯金で一儲けしちゃったんです」


 ――と、俺はもっともらしい理由を話した。もちろん、嘘だが……ここは許してくれ、先輩。


「そ、そうなの? でも、このインディ272って、フルオプションだから……結構高いよ?」


「ちなみに、おいくらなんです?

「ざっとだけど、400万円ね」

「ほーん、余裕っすね」

「へ……?」


「あ、いや。こっちの話っす。先輩、納期の方、三日でお願いしますよ」

「回くんの頼みなら仕方ないわね。その代わり、近い内に付き合ってよ」

「分かりました。でも、キャンピングカーで旅に出る予定なので、後々になっちゃうと思いますけど」


「そっかー。まあいいわ!」


 先輩は、くるっと歩花の方へ向いた。


「あ、あのぅ……なにか問題が?」

「ううん。なんでもないわ。確認するけど、お金は大丈夫なのね?」

「はい、ちゃんと現金で払えます」

「即納を希望のようだし……じゃあ、契約を交わしちゃいましょうか」


「お願いしますっ」



 決まった。だけど、歩花では負担が大きすぎるので――結局、俺が契約のもろもろを済ませた。そもそも俺名義でないと面倒になるので、必然的に手続きはそうなった。


 書類を書き終え、俺と歩花は立ち上がった。


「それじゃ、先輩。また三日後に来ます」

「今日はありがとうございました」


 一緒になって頭を下げる。

 先輩は照れくさそうに――けれど、任せなさいと胸を張った。バイトの時もそうだったけど、やっぱり、先輩は頼りになるな。



「もうこうなったら、期待に応えるしかないわね! 回くん、歩花ちゃん、必ず三日後に間に合うように整備しておく」


「お願いします、先輩。それじゃあ、俺たちは帰ります。ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ久しぶりに回くんの顔が見れて良かった。それに、可愛い妹さんと話せたし、それだけで幸せ。やる気も出たわっ!」


 サムズアップする先輩は、白い歯を見せて笑った。相変わらず元気な人だ。だけど、この明るい性格が当時、俺の心の支えでもあった。

 先輩がいなかったら、俺はバイトを続けられなかっただろうなあ。――なんて、昔を思い出していると歩花が俺の服を引っ張った。


「行こう、お兄ちゃん」

「うん、そうだな」


 手を振って先輩と別れた。

 お店を出た途端、歩花は深い溜息を吐く。


「はぁ~……」

「どうした、歩花」

「だ、だって……お兄ちゃんの先輩さん、すっごく美人だったんだもん。金髪のギャルだよ、ギャル! あんなキャピっとした人、初めて見た」


 それで妙に緊張していたのか。でも、気持ちは分かる。バイト当時の先輩は、もっと清楚せいそなキャラだったし。あんなに変わるとはな。



「とにかく、これで三日後には軽キャンピングカーが手に入る。一緒に全国を回れるな」

「楽しみだね、お兄ちゃん。それまでに準備しないと!」

「ああ、必要な道具はたくさんある。三日以内に全て揃えてしまおう」

「うん。だけど、そういうキャンプ用品? って、どこで買うの?」


「通販とかアウトドア専門店だな。通販で頼めるものは頼んでおくよ。アマズンを使えばお急ぎ便で一日~二日で配達される。幸いプライム会員だし、楽勝だろ」


「じゃあ、ネット注文は後程で、お店に行く?」

「そうだな。このままカーシェアリングの車を使って回るか」



 お金はいくらでもあるし、実質時間は無制限。返却はいつでも構わない。車へ乗り込み、ナビをセット。近所のアウトドア専門店を指定した。一時間ほど買い物して、帰るか。



 車を走らせると、しばらくは静かな時間が流れた。たまには、こうボ~っとドライブするのも悪くない。

 そんな、ほのぼのとした空気の中――助手席で風景を眺める歩花が口を開く。


「お兄ちゃんって、ギャルが好きなの?」

「――なッ!?」


 危うく、アクセルとブレーキを踏み間違えるところだった。プリウッスミサイルならぬエフリイミサイルにならなくて良かったぁ……心臓がバクバクしたぞ。


「だって……お兄ちゃん、女の人と付き合いないって言ったじゃん。なのに椎名先輩とあんなに仲が良さそうで……」


「元バイト先の先輩だ。それ以上でもそれ以下でもない。恋愛感情もないし……本当だ」

「じゃあ、なんであの時、えっちしてくれなかったの!?」



「ぶッ――――――!!」



 歩花のとんでもない発言に、俺は運転操作を誤りそうになった。あっぶねぇ、ガードレールに突っ込むところだった。ヒヤヒヤした……。


 落ち着け、俺。

 事故ったら元も子もないぞ。


「ごめんね、お兄ちゃん。でも、歩花だけ見て欲しいから……浮気したら殺しちゃうかも」


 ……え? 最後の方はよく聞こえなかった。対向から現れた大型トラックがエンジンを吹かしてきたので、歩花の声がさえぎられてしまった。――なんて言った? 


「歩花は心配性だな。大丈夫だ、これから二人で旅をするんだぞ」

「そ、そうだよね。二人きりだもんね。今だって」

「うん。きっと最高の車中泊になる。俺が歩花を幸せにしてやるさ」

「良かった、そうだよね。ごめんね、変なこと言って」


 それから歩花は落ち着きを取り戻して、笑顔になっていた。一瞬、様子がおかしかったけど――気のせいだろうか。

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