……キス、したい?

 転んだ歩花の手を引っ張る。


「ケガはないか?」

「だ、大丈夫。それより、車内へ行こ」


 派手に転倒していたけど――どうやら、無事のようだ。一応、歩花の身体からだを目視したけど、特に異常はなかった。


 確認を終えたところで軽キャンピングカー『インディ272』の中へお邪魔する。


 先に歩花が入って、後に俺が続く。二人入っても余裕のスペースがあった。


「おー、さすがに広いな。二人掛けL型シートとは洒落しゃれてる」

「こんなに広いんだー! 奥の方座っていい?」

「ああ、いいんじゃないか」


 ご機嫌にはしゃぐ歩花は、後部座席へ座る。確か歩花は身長152cmのはず。座ると天井にはまったく頭がつかない。

 一方、171cmの俺は、車内では中腰になる。座ればもちろん余裕だ。快適だな。


「なんだか部屋の中みたい。くつろげる~♪」


 ぐてーと歩花は机に手を伸ばす。

 全然、圧迫感がないし、これならストレスフリーで生活が出来るな。



「うん。動画ではよく見たけど、やっぱり実物は違うな」

「でもさ、お兄ちゃん立つの大変そう」



 と、歩花は面白い事を言った。

 確かに、さっきは中腰になっていた。だが、キャンピングカーには秘策があるのだよ。俺は立ち上がり、天井付近のフックを二か所外す。


 そして、天井を押し上げると――


「ほら、歩花。天井が上がったぞ」

「えっ……ええ! なにそれ、凄い!!」


「これはな『ポップアップルーフ』と言うんだ。普通の車ではない特殊装備だな」

「へえ、へえ~! お兄ちゃん、すごぉ~い!」



 いや、俺が凄いんじゃなくて車が凄いんだけどな。そんな歩花は、瞳を星のようにキラキラ輝かせていた。


 俺はその状態で立つ。

 すると――



「ほら、俺の身長でも余裕」

「おおー! 天井が凄く高いもん、これなら立って歩けるねっ」

「そうだ。しかも、屋根ルーフの方へ専用の板をけば寝られるんだぜ」

「……け、軽キャンピングカーって、こんな便利だったんだ……」


 歩花は、口をぱくぱくさせて驚愕きょうがくする。この程度で驚いているようではまだまだだ。キャンピングカーは便利な装備が盛りだくさんなのだ。



「いいか、歩花。こっちの天井には収納がある」

「ほおほお!」

「――で、もう見えていると思うけどキッチン。車中泊では『ギャレー』という。給排水システムで、調理に欠かせない存在だ。DIYして作る人も多いぞ」


「お兄ちゃん、詳しすぎ~! もっと教えてっ」


 なんだか歩花が興味きょうみ津々しんしんだ。

 俺は嬉しかった。

 車中泊女子の人口は少ないし、趣味にしている人も極端に少ない。ハードルが高すぎるという現実的な問題もあるけれど、だから余計に嬉しかった。



「よ~し、じゃあ次はベッド展開してみるか。歩花、一度降りてくれ」

「うんっ」



 車から降りてもらい、俺はまず、テーブルを外す。金具で止められているだけなので楽勝だ。次にマットシートを外して組み立てていく。床へめていくと――五分足らずで完成。



 単純な感覚で横幅100cm、縦幅200cmってところかな。



「完成したよ。歩花、寝転んでみな」

「えっ、もう出来たの? わぁ、本当だ。ベッドになってるー! じゃあ、寝てみるね」


 ベッドへ腰を下ろし、そのまま寝転ぶ歩花。体が小さいから窮屈きゅうくつはない。むしろ、スペースが余っているほどだ。


「どうだ?」

「う、うん。これ、このまま寝られちゃうよ。なんだか眠くなってきた」

「フカフカだよな。俺も横になってみよ」


 歩花の隣に寝てみる。

 初期状態でも背中は痛くなく、毛布でもあれば安眠できそうだった。これは感動的だ。家のベッドと遜色そんしょくないレベルだ。


 不思議な高揚感こうようかんが俺を包む。


「ねえねえ、お兄ちゃん」

「ん、どうした――って、歩花……」


 そうだった。俺は今、歩花の隣で寝ているんだ。吐息が掛かるほどに顔が近い。宝石のように綺麗な瞳が俺の姿を映し出す。


 そんな明眸めいぼうな歩花は、手を伸ばし、俺の頬に触れた。



「……キス、したい?」


「え……」


「この前の続き、していいよ」



 この前……ああ、宝くじが当たった時だな。あれは不意打ちを食らった。まさか、歩花の方からキスをしてくるとは思わなかった。今回は、俺からして欲しいようだ。



「本当に良いのか、俺で」

「いいの。お兄ちゃんになら、何をされても構わない……歩花をめちゃくちゃにしてもいいよ」


 震える声で歩花は、そう口にする。

 こんな近距離で切なそうな瞳を向けられ、興奮しない男はいないだろう。もし、許されるのなら、俺は狼に変身していた。このまま歩花を押さえつけて、それこそめちゃくちゃにしていたと思う。だけど――間一髪かんいっぱつでブレーキを掛け、理性を保った。



 なぜなら――、


 ここ先輩のお店だから、無理!!



 目撃された瞬間、全てが終わる。

 それだけは避けねば。


 もし、歩花とそういう事をするなら旅に出てからだ。今は荒ぶる気持ちをおさえよう。責任ある大人として!



「ば、馬鹿! その発言はエロすぎるって……義理とはいえ、妹に対してそんなみだらな行為は出来んよ。それに、ここはお店だ。冷静になれ、歩花」


「……あぅ。そうだね、無理言ってごめんね、お兄ちゃん」

「分かればいい。けど、気持ちは嬉しかった」



 そう伝えると、歩花は背を向けた。……あれ、なんか急に顔を合わせてくれなくなった。



「どうした?」

「あはは……今、見せられない顔してるから」



 もしかして喜んでいるのか。

 ちょっと気になって確認しようとしたが――そこで、椎名先輩が戻ってきた。



「お待たせー! ……って、なにこのアツアツな空気。サウナっぽくなってるよ? いったい、何があったの!?」

「何もありませんよ。ただ、ベッド展開して寝ていただけです」


「でも、歩花ちゃんの顔が赤いよ? ま、まさか……回くんってば、妹さんに手を出そうとしていたんじゃ……!」


「先輩の期待するような展開はなかったですよ。それより、お茶下さい」

「なんだー、無かったんだ。残念」



 なにを残念そうにしているんだか。

 その後、お茶を飲んで先輩から内装の説明を改めてして貰った。キャビネット六枚扉、LED照明(天井、左右)、FFヒーター、サブバッテリー、走行充電システム、電圧計、集中コントロールスイッチパネル、AC100Vコンセント、ソーラーパネルなどなど――充実した装備が満載だった。



 全てが問題なく動作すると確認できた。これなら十分だ。決まりだな。

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