お店のスタッフはギャル先輩

 お金の使い道について話していると、あっと言う間に販売店に辿たどり着いた。お店の看板には『オータム』という名前が刻まれている。


 駐車場に停め、車を降りた途端とたん、展示用のキャンピングカーがズラりと並んでいた。圧巻の光景だな。


「わー、まるでトラックみたい」


 キャンピングカーを見上げる歩花。確かに、外観はトラックに似ている。だけど、中を見たらもっと驚く。と、言っても実物を見るのは俺も始めてだけど。



「まずはお店の人に聞いてみよう」

「うん。楽しみ~!」



 店舗内へ向かい、事務所へお邪魔した。中は閑散かんさんとしていて他に客はいなかった。……なんだ休みか? いや、ドアは開いていたんだ、誰かスタッフがいるはずだけどな。



「すみませーん。お願います!」



 大きな声で呼ぶと、店の奥から物音がした。どうやら、スタッフがいるようだな。良かった。

 しばらく待つと、金髪の若い女性店員が現れた。ギャルのような風貌ふうぼうで、ピアス・付け爪は標準装備スタンダード

 そんな一風変わった店員さんは、店の名前がデカデカと刻まれている制服を着こなしていた。どうやら、お店の人で間違いないらしい。



「いらっしゃいませー…あれ?」



 女性スタッフが俺の顔を凝視してくる。……なんだ、失礼な人だな。とか思っていると、俺も店員さんの顔に若干じゃっかんの見覚えがあった。この人、どこかで会ったような。いやだけど、俺に女性の縁など存在しない――はずだった。


 しかし、これは明らかにお互いを知っている雰囲気。



「えっと……どこかで?」

「も、もしかして……かいくん?」


「え、ええ。って、なんで俺の名前を知っているんです?」

春夏冬あきなし かいくんだよね!?」



「そ、そうですけど……怖いな」

「マジ! 久しぶりじゃ~ん! あたしだよ、あたし!」


 なんだそのオレオレ詐欺みたいな。――いやまて、この人は俺の知り合いで間違いない。……ああっ、髪を染めていたから分からなかったけど、思い出した。

 一年前、物流倉庫のバイトをしていた時にお世話になった現場の先輩だ。



「えっと……椎名しいな先輩?」

「そう! 物流倉庫で一緒だった『椎名しいな あき』だよ。回くん、一年振り! 元気にしてた!?」



 信じられない。まさか、あの時の先輩がキャンピングカーの店員をやっているなんて――。



「いつの間に転職したんです?」

「あー…実はね、この店ってパパのなんだ」

「……え? ええっ!? そんな事あるんです?」


「そんな事があるんだなぁ。詳しいことは後で話すよ。それより、そのアイドルのように可愛い女の子は? 彼女?」



 いきなり彼女とか言われ、歩花は耳まで真っ赤にした。



「い、妹です。昔、話したでしょう」

「あ……ごめん。似てないし、あまりに美人だから、そういう関係かと」


 反応に困るな。……まあいいや、自己紹介はしておかないとな。



「この小さいのは正真正銘、俺の妹ですよ」


「はじめまして。春夏冬あきなし 歩花あゆかです」



 苗字から紹介する歩花。馬鹿丁寧に頭を下げ「これからお世話になります」と言って紹介を終えた。



「良い子だね、歩花ちゃん。そっか、貴女が噂の妹ちゃんだったのね。本当に可愛いわ。コスプレとか似合いそうねっ」


「え……こすぷれ?」


 歩花は動揺する。ああ、そうだった。椎名先輩は、そういう趣味があるんだった。案外、歩花と気が合うかもしれない。



「コホン。先輩、その話は後です。なんでキャンピングカー店で働いているんです?」

「さっきも言ったでしょ。パパのお店なの」

「じゃあ、なんで物流倉庫で働いていたんです?」

「あー…、あの時はコスプレの為にお金が必要でさ……って、言ったじゃん!」


 冗談かと思っていたんだけどな、本当だったとは。


「分かりました。今日、来たのは他でもありません。キャンピングカーを買いに来たんです。ちなみに、俺ではなく、この歩花がですよ」


「へぇ~…って、この子が!? まって、そんなお金があるように思えないけど」


 椎名先輩は疑う。

 当然の反応だわな。

 女子高生がいきなり『キャンピングカーください!』なんて光景、ありえない。多分、世界を探しても歩花くらいだろう。


「あの、わたし本気なんです! お兄ちゃんにキャンピングカーをプレゼントしたいので、おススメを教えてくださいっ」


「うわっ。この子、目がマジだわ! 今時の若い子って行動力があるのね……」


 さすがの先輩も焦って圧倒されていた。怒涛どとうの展開に、先輩は手で蟀谷こめかみを押さえた。悩ましい表情でうなる。


「俺からもお願いします、先輩」

「あー、もう。車をいじっていたら、こんな事になるなんて……ていうか、回くんが来るとか一生ないと思っていたわ。なんの因果よ、これ」


 俺もまさか先輩が働いているとは思わなかったけどな。



「あの、お姉さん……わたしとお兄ちゃんは直ぐに旅行に行きたいんです。だから、直ぐに載れるキャンピングカーをお願いしたいです。出来れば、快適なヤツで」


「中々手厳しい条件ね。でも、回くんの妹の頼みなら仕方ないかっ」


「じゃ、じゃあ……」

「うん、いいわ。歩花ちゃんの頼みを聞いてあげる! お姉さんに任せなさい」

「はいっ、お願いします」



 かなり無茶を言っているが、先輩は承諾しょうだくしてくれた。普通、車の納車には一週間以上は掛かるものだ。そんな時間を待っていたら、夏休みが無くなってしまう。だけど、整備されている物なら、割と直ぐ乗れる場合もある。


 特に中古車なら、最短で三日・・・・・で納車なんて可能らしい。



「これは運命かもね。じゃあ、とっておきの一台を紹介するわ」



 こっち来てと言われ、俺と歩花は先輩についていく。整備工場の方へ連れていかれ、そこには一台の車が整備中だった。



「これは……軽キャンピングカーですか、先輩」

「回くん、正解。実は、ちょうど一週間前から整備をしていて今終わるところなの。車検も奇跡的に半年残ってる。後は書類を整えるだけで納車可能よ」



 なんというタイミング。これはラッキーだな。しかも、そこに停まっている車種は、人気のヤツじゃないか。

 歩花は、頭の上にハテナを浮かべているけど、俺は知っていた。



「先輩、これ」

「ええ、軽キャンピングカーと言えば『パロッコ』、『インディ272』、『テントムシ』とか色々あるけど、これはその中の『インディ272』よ!」



 インディ272。

 8ナンバーだが、普通免許で運転可能な軽キャンピングカー。登場と共に人気を博し、納期が二年待ちとかになった車種だ。ハイセットのガソリン車。


 一見すると、軽トラックのような外見だが、荷台には箱型の居住エリアが設置されている。大きいな。それに、スタイリッシュなデザインでカッコいいし、無駄がない。正面から見て右側に大きな扉が備え付けられている。あそこから部屋にアクセスできる。

 丸い窓が二つあって可愛らしい。



「こ、これがキャンピンカーなんだ。外にあるヤツと比べるとちょっと小さいんだね」

「歩花、これは『軽キャンピングカー』だ。通常のより一回り小さいんだよ。でも、これでも二人なら十分なスペースがある。今はこれしか即納して貰える車がなさそうだし、いいかもな」


「そうなんだ。中とか見てみたい」



 俺は、先輩に頼んでみた。

 すると直ぐにオーケーの返事が返ってきた。



「もちろん、見ていいわ。回くん、しばらく妹ちゃんに説明してあげたら? はい、鍵」

「え、それは先輩の仕事でしょう」

「あたしは、ちょっと飲み物を用意してくるわ。お客様に飲み物くらい出さないと」

「そういう事ですか、なら分かりました。お気遣きづかい感謝します」

「素直でよろしい」


 先輩から車の鍵を預かり、俺はインディ272の扉を開けた。


「そういうわけだ、歩花。中でちょっと説明する」

「うんうんっ! 楽しみっ」


 扉をゆっくり開け、歩花を先に行かせた。だけど、ステップの部分で足をつまずかせてしまう。ドンッと前へ倒れ、スカートがまくれ上がる。



「あ、歩花!! ちょ、大丈夫かよ……って、うわ」

「……いたた。ごめん、お兄ちゃん。足元見てなか――あっ!」



 ばっとスカートを押さえ、涙目で訴えてくる。……がっつり見えてしまった。これは、しばらく忘れられそうにないな。青空がまぶしいぜ。

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