六億円の換金手続き

 駅前のカーシェアリング駐車場へ。

 今日は『エフリイ』という車種が空いたので、それをアプリで予約。どうやら、またもバンのようだな。ここのカーシェアリングは、車中泊向けが多い気がする。


 駐車場に入ると、そこには白いバンがあった。ああ、よく配達とかで見かける。4ナンバーの軽貨物車。大手の配達業者も使っている有名な軽自動車だな。



「なんだか配達でもする気分だ」

「そ、そうだね。ミケネコさんとかサカワさんがよく運転しているよね」



 さっそく乗車し、歩花にも助手席に乗って貰う。俺は運転席へ。……へぇ、初めて乗ったけど少し狭いな。X-VANと比べるとやや窮屈きゅうくつな感じがした。しかし、後部座席を倒すと二人分は寝れるスペースが確保できた。



「こりゃ凄い。X-VANは助手席を倒して二メートルくらい取れるけど、こっちでもほぼ変わらない空間があるな」

「そうだね。これなら二人で余裕っぽい! エフリイって結構よくない!?」



 歩花も同じ感想のようで気に入っていた。俺も少し心が揺らいでいた。X-VANは、あのオシャレな外観とか内装、充実した装備。そして低床が魅力。でも、エフリイも負けないくらい広々とした空間を確保している。

 低床ではないものの、慣れれば気にならないだろう。



「そうだな。銀行の手続きが終わったら、少し遊んでみるか」

「賛成っ! じゃあ、まずは穂住銀行へGOゴーだね」

「おう、出発する。シートベルトを頼む」

「はぁーい」



 シールドベルトをする歩花。

 巨乳のせいで相変わらずパイスラになってしまう。不思議だ、今日はメガ盛りに見える。



「……っ」

「? お兄ちゃん?」


 歩花は気づいていないようだ。

 シートベルトは着用する義務があるので、どうこう出来る問題でもない。 道路交通法に感謝して――俺は出発した。



「穂住銀行は、ここからニ十分くらいの場所だな」

「うん。それまでお話でもしていい?」

「もちろんだ。遠慮えんりょしないで、いつも通り気を楽にしてくれ」



 このエフリイは、オートマATなので運転も楽。荷物が何もないから、重くもないしハンドリングも軽い。運転手への負担はそれほどないように思える。ただし、運転性能を比べるとX-VANで間違いない。あっちは独自のセンシングシステムが搭載されているから、魅力的だ。なんて比較していると、歩花が少し視線を落としていた。



「あのね、お兄ちゃん」

「どうした。この車、微妙だったか?」

「ううん、そうじゃないの。嬉しいの」


「嬉しい?」

「だって、またお兄ちゃんの運転する車に乗れるだもん。こうして二人で何処どこかいくの、好きなんだ」


「俺も歩花となら、日本中を走れそうだよ」

「うん、それそれ! それを言おうと思っていたんだ」


 歩花は、嬉しそうに声をはずませる。なにか考えがあるのだろうか。俺は気になって聞いてみた。


「歩花は、俺と一緒に旅をしたいのか?」

「したいっ。お兄ちゃんといっぱい思い出作りたいの! 高校最後の夏だから……素敵な夏休みにしたい」


 それが歩花の望み。

 そもそも、宝くじを当てたのは歩花だ。おかげで人生が変わろうとしている。なら、我儘わがままを聞いてやるくらい安いものだ。それに、俺にとっても歩花には何かしてやりたかった。


 複雑な家庭環境の中、今まで辛い人生を歩んできたんだ。なら、俺が幸せにしてやらなきゃ――。



「分かった。軽自動車でも買って日本中を旅するか」


「ほんとに!?」

「ほんとに」


「やったぁ! 嬉しい、ちょー嬉しい。さすがお兄ちゃんっ。じゃあ、歩花が車を選んでいい? お兄ちゃんにプレゼントしたいの。ほら、誕生日のお返し出来ていないし……お願いっ」


 あの二万円のお礼ってワケか。

 いいね、それ!


「歩花が選んで俺に贈ってくれるのか。分かった、車の選別は歩花に任せよう」

「うん、任せて。気になっている車があるんだ」



 歩花が買ってくれる車とか楽しみ過ぎるな。それで日本一周の旅とかもいいかもな。うわぁ、ワクワクしてきた――!



 テンション爆上げで走行していく。道路を順調に進み、隣町へ。いよいよ銀行が見えてきた。……ふぅ、事故なくなんとか来れたな。俺の運転の腕も中々上がってきたぞ。


 穂住銀行の駐車場に停めた。



「到着っと」

「お疲れ様。運転ありがとうね」

「おう。それじゃ、さっそく車を降りて銀行へ向かうか」

「う、うん」


 車を降り、歩いて穂住銀行の中へ。

 幸い混雑はなく、すんなり受付まで来れた。あっさりだったな。俺は、宝くじの換金を申請。受付のお姉さんが『少々お待ち下さい』と言うので待った。


 しばらくして、別室で手続きをするというのでお姉さんについて行く事に。うわ、なんか大事だな。


 歩花を連れ――別室へ。


 応接室のような場所に連れて来られた。こんな場所に通されるんだな。そこには別の担当らしき人物が居た。若い男性だった。スーツをびしっと決め、さわやかだな。



「高額当選、おめでとうございます。私は担当の『真田さなだ』と申します。どうぞ、お掛けになって下さい」

「は、はい……」


 歩花と共にソファに座る。

 無駄にふかふかだ。


「――では、手続きに参ります。本人確認書類、印鑑はございますか?」

「はい、免許証と印鑑を持参しました」

「ありがとうございます。それでは、宝くじ券を確認させて頂きますね」


 俺は、六億円の券をテーブルに出した。真田は番号をチェック。一等当選である事を確認した。


「確かに当選されておりますね。ですが、一等の場合は更なる確認に一週間・・・ほどを要するんです」


「え? そうなんですか」


「ええ、たまに『偽装』する人がいるんです。過去にそれで捕まった方もいらっしゃるので銀行は、宝くじが本物であるか鑑定しなければならないんですよ」



 それで一週間か。

 仕方ないといえば、仕方ないのか。けど、なんだか落ち着かない一週間になりそうだな。



「分かりました。お願いします」

「お手数おかけします。ですが、間違いなく本物の券ですからご安心下さい。それでは、簡単な手続きを進めますね」



 本人確認を行い、住所とか書類に記入。印鑑を押して同意した。あとは振込先とかだけど、銀行のキャッシュカードがあれば、そこへ振り込んでくれるらしい。ネット銀行も対応してくれるようだった。現金払いも選択できるようだけど、凄い重量になるし、防犯上おススメできないと言われた。


 そうだな、現金とか狙われそうで怖い。俺は、ネット銀行を希望した。これで手続きは完了した。



「……ふぅ」

「ご記入ありがとうございました。これで無事に、券が本物であれば振り込まれますので一週間ほどお待ち下さい。ああ、それと近日中に『その日から読む本』という高額当選者のみに贈られる本が郵送されますので、ぜひ目を通して戴ければと思います」



 ネット記事で見た事がある。一等とか二等など高額当選した者にしか貰えない本があるとか。それが『その日から読む本』だ。内容は、お金に関する事が事細かく記載されているようだ。届いたら目を通してみようかな。




 ――こうして、俺はやっと手続きを終えたのであった。だが、あまりに長い一週間で、ソワソワした毎日を送った。



 一週間後……。

 ちょうど八月に入った、その日。

 忘れた頃に、それは突然やって来た――。

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