二人きりの生活

 親父と母さんを見送り、俺と歩花は自宅へ。今日から、しばらくは二人きりの生活になった。


「なんだか静かだね」


 歩花が少し脱力してつぶやいた。確かに、何もない空間にポツンと取り残された気分だ。しかし、少し視点を変えれば、これは自由を得た・・・・・と同義ではないだろうか。


 あの五月蠅うるさい親父と母さんがいないんだ。やりたい放題――とはまでは、いかなくとも、それなりに解放された生活を送れるということ。



 一応あとで電子マネーの『PoyPoyポイポイ』で生活費を送ってくれると言っていたし、当面は生きていけるだろう。時代は、キャッシュレス決済かぁ。


 そんなパラダイムシフトに感慨深さを覚えていると、歩花が俺のそでを引っ張った。



「ん、どうした?」

「お……お腹空いちゃった」



 その直後、歩花のお腹から“ぐぅ”と可愛らしい音が鳴った。お腹を手で押さえ、恥ずかしそうにする姿に俺は、胸がキュンとした。



「そういえば、俺も腹が減った。備蓄のカップ麺か出前かな」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。わたしが作るから」

「手間じゃないか?」

「いいの。お兄ちゃんに手料理食べて欲しいし」



 そう、歩花は料理が大得意。

 料理教室を開いている母さんから手解きを受けたようで、今やプロ並みの腕前を持つ。歩花は料理が好きなようだし、任せよう。


「分かった。俺は居間で待っているよ」

「うんっ、腕にりを掛けるね!」


 袖をまくり、台所へ向かう歩花。

 料理の出来ない俺が手伝っても、かえって邪魔になるだろうし――大人しく居間でくつろいでいよう。



 ◇◇◇ ◇◇◇



 スマホで中古車を調べていると、良い匂いが鼻腔びこうを刺激した。これは、もしかして……。そのかんは当たった。


「おぉ、美味そうなオムライスだなぁ」

「お待たせ~。はい、こっちがお兄ちゃんの。こっちが歩花の」


「う~ん、食欲のそそられる良い匂い……って、歩花。なんで、メイド服?」

「気にしない気にしない♪」


 いつの間にかメイドのコスプレをしている歩花。どこで衣装を手に入れたんだ!? しかし、そんな突っ込みも虚しく、テーブルに並べられる大きなお皿。そこに堂々を盛り付けられている黄色いオムライス。

 だが、まだトマトケチャップが掛かっていないな。不思議がっていると、メイドの歩花は特製のケチャップの容器を取り出した。


「完熟トマト100%のケチャップか」

「うん、これが美味しいんだ。でね、今から“ハート”を書いてあげるねっ」


 歩花は、容器を逆に向けてゆっくりとハートを描いていく。まるでメイト喫茶のケチャップアートのような雰囲気だ。と、言っても俺はメイド喫茶は一度も行った事がないんだけど。


 こんな家で歩花にやって貰えるとは感動的だ。ていうか、俺の為にわざわざ? だとしたら、嬉しすぎる。



「ありがとう、歩花」

「いいの。今日、ドライブに連れて行ってくれたお礼」

「気にしなくていいのに。でも、ありがとう」

「うんうん。じゃあ、温かい内に食べようっか」



 スプーンを手に取り、さっそくオムライスをすくっていく。黄色い卵の表面が“ふわっ”と割れていく。スプーンからでも分かる柔らかい感触。

 一口サイズを口へ運び、オムライスをゆっくりと味わう。


「……うまっ!」

「良かったぁ、口にあって」


 卵の味がはっきりしつつ、橙色オレンジのチキンライスが絶妙にパラパラで、実に庶民的な味だった。ケチャップも濃厚で――うん、濃い味で俺好み。


 あまりに美味かったので、パクパク食べてしまった。気づけば完食。



「ふぅ~…。ご馳走様。すっげー美味しかったよ、歩花。これ、お店を開けるレベルだよ。絶対売れると思うな」

「絶賛して貰えて嬉しいなぁ! うん、将来はレストランでもやろうかなぁーって思ってる」



 歩花は、金の卵だな。

 いや、もうプロ顔負けと言っても過言ではない。どこかの高級レストランからスカウトが来てもおかしくないぞ。そんな風に将来を楽しみにしていると、ロム6の抽選時間になっていた。


「おっ、そろそろ抽選だな。ネット配信で映像が見れるらしい。歩花、一緒に見るか?」

「う~ん、今日はいいや。それより、お兄ちゃんとゲームしたい」

「そうか。そうだな、それじゃあ少し遊ぶか」

「やったー! 片付けが終わったら“すいっち”やろう」

「分かった。片付けくらいなら手伝うよ」



 当然の事を言ったつもりだったが、歩花は固まった。あれ?



「お、お兄ちゃんと一緒に台所に立てる……。そっか、その考えはなかったなぁ」



 なんか、ボソッと言っている。何を言ったんだ?

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