キスが良い?

 駅から歩いて家を目指す。

 こんな時はマイカーなら駐車場に止めて直ぐに帰宅できるのになぁと、少し不便を感じた。それでも安い料金で乗り回せるのだから、これ以上の贅沢は言えないか。


 閑静かんせいな住宅街に差し掛かろうとした――その時。


 歩花が足を止め、ぼうっとしていた。


「ん? どうした、歩花」

「お兄ちゃん……あれ」

「あれ?」


 歩花の指さす方向へ視線を移すと、そこには『宝くじ屋』があった。外装がイエローで目立つ。あれって金運上昇を意味しているのだろうか。


 ――って、宝くじ?


「ねえねえ、お兄ちゃん。宝くじ買ってみようよ!」

「宝くじね。俺、ネットで“宝くじシミュレーション”をやった事があるけど、全然当たらなかったぞ」

「そうなの? でも、買わなきゃ当たらないじゃん~」


 それもそうだな。歩花の言っている事も正しい。しかし、確率が確率だ。何千万、何億分の一を引くだなんて強運の持ち主でないとなぁ。俺自身に運があるとは思えない。あまりお金を無駄にもしたくないのだが――。


「う~ん……でもなあ」

「じゃあ、じゃあ、歩花のおっぱい触らせてあげるから、お願いっ」



「――なッ」



 歩花は、神頼みするかのように俺を拝む。なにその魅力的すぎる好条件。いやだが、歩花は大切な妹だ。血の繋がりのない義理の妹だけど、宝くじを買うくらいで妹のおっぱいを揉みしだくとか……。

 悩んでいると、歩花はうるんだ瞳を向け、俺のそばでこう言った。



「それともキスが良い?」

「ば、馬鹿。甘えた声で言うな……興奮しちゃうだろうがっ。わ、分かった。可愛い妹の頼みだ。宝くじくらい買ってやるって」

「わーい! お兄ちゃん、大好き♡」



 こんな天使の笑顔エンジェルスマイルを向けられると、俺はもう何でも許せちゃった。



 ルンルン気分で宝くじ売り場へ向かう。幸い、行列もなく貸し切り状態。さてと、宝くじの種類は――えっ、こんなにあるの?


 ビッグジャンボ宝くじ、ミニミニ宝くじ、スクラッチ、ロム7、ロム6、ミニロム、ビンゴ10、ナンバーズ44、ナンバーズ33……と、分類されていた。



「歩花、どれにする?」

「自選ができるロム6かなあ」



 ロム6は、自分で数字を六個選んでマークシートに記入する。その数字が六つ一致すれば、一等となり最大で六億円・・・・・・らしい。



「ろ、六億円!? 一等当たったら、一生遊んで暮らせるじゃん」

「夢があるよねー! ロム7なんか十億円だよ」


 マジだ。ただし、ロム7はかなり確率が低いらしく、滅多に当たらないようだ。一口の購入金額三百円となり、高額。一方、ロム6は一口が二百円と安い。ただし、当選金額が異なってくるので高額当選を狙うなら、ビッグジャンボ宝くじとかロム7だ。



「それで、どれにするんだ?」

「う~ん……じゃあ、フィーリングでロム6にしておく」



 フィーリング、つまり己の直観を信じる――と。そうだな、結局は自分の運を信じるしかない。運否うんぷ天賦てんぷだ。


 歩花は、鉛筆えんぴつを手に取りマークシートを記入していくが、手を止めた。



「どうした、歩花」

「あのね、数字の他に『クイックピック』というのがあるの。これ、なんだろう」

「――今、調べた。略称は“QP”と言って、自動で数字を選んでくれるんだってさ。つまり、ランダムだな」


「へぇ、そういう選択もあるんだね。でも、自選にしよっと」

「分かった。千円までだからな」

「うん!」


 購入を任せ、俺は待った。

 歩花は、どうやら自身と俺の『誕生日』を混ぜて数字を買ったらしい。誕生日買いかぁ。戦略としてはアリらしいな。それで一等や三等を当てた事例もあるようだ。


 マークシートに記入を終えた歩花は、お金を受付窓口で支払い『宝くじ券』を手にした。これでもう返金は出来ないし、抽選日を待つだけ。


「お疲れ、歩花。抽選日は今日の十八時からだってさ。もうあと一時間もないな。ギリギリだった」

「ありがとね、お兄ちゃん。うん、楽しみ!」


 これでようやく家に帰れるな。

 帰り道を再び歩きだし、自宅へ向かった。すると、ちょうど両親が家から出てくるところだった。



「親父、母さん。どうしたん?」

「おぉ、かいと歩花。おかえり。うん、父さんと母さんは、これからドバイへ海外旅行だ! 楽しんでくるから、しばらく二人で過ごしなさい」


 ――と、親父はさも当然のように言った。いやいや! いきなり海外旅行とか、いつの間にそんな計画をしていたんだ。


「ちょっと待ってくれ。歩花と二人きりで過ごせってか?」

「回はもう大学生だろう。良い大人なんだ、歩花の面倒を見てあげなさい。ほら、お前は免許も取れたし、ちょうど二人とも夏休みなんだから、旅行でも行くといい」


「んなムチャな。足もないし、お金もないよ。どうやって生活すればいい」

「車も金も貸してはやれんが、なんとかせい。回、お前の強靭きょうじんな生活能力なら何とかなるだろう」


 相変わらずドケチな親父だ。

 まあ、親父が厳しいのは今に始まった事ではない。“甘えるな”が親父の教育方針だったのは理解しているし、だから今まで自分で何とかしてきた。それに、俺を評価して認めてくれるのは単純シンプルに嬉しかった。



「分かったよ。人生は山あり谷ありだよな。酷道こくどうを乗り越えてみせるよ」

「さすが我が息子だ。歩花、回の面倒をよぉ~く見てやってくれ」


 って、言ったそばからそれかよ!


「お任せ下さい、お義父とうさん」

「うむ、歩花は良い子だなぁ! 回も見習えよ、フハハハハ!」



 馬鹿笑いして親父は、母さんを連れて行ってしまった。馬鹿夫婦め……ラブ度だけは高めだから、仲睦なかむつまじく微笑ましいけど。


「歩花、しばらく二人きりだってさ」

「うんうん! お兄ちゃんと二人きり……やばぁ、ドキドキしてきた。勝負下着買っておかなきゃ」


 ――え?


 語尾ごびが極端に小声だったのでよく聞こえなかった。とにかく、嬉しそうだな。あの感じなら、歩花も不満はなさそうだ。歩花との仲を深める良い機会チャンスではあるか。

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