私は…

〈ユメノ視点〉










ママ…パパに会えたら…






( ・・・・・・ )






ニーコの声が小さく頭に響いた瞬間

私の手は水面に当たり…





ガチャガチャと

激しい音と一緒にアラームの様な音が響いていて

直ぐ側に立っている知らない女性に目を向けた






看「ッ!?せっ…先生ッ!」






髪も服も…

青い格好に身を包んでいる女性は

私と目が合うと驚いた様に声をあげ

「蓬莱さん!」と男の人が私の顔を覗いてきた





( ・・・・・・ )






夢乃…夢乃ちゃん…






さっきから耳に届く

「夢乃」という言葉に

そっか…と頭が追いついていき

目線を男の人から放し

私が逢いに来た人物を探した





( ・・・・・・ )





首を動かした筈なのに視界は

目線だけしか動いてなく

今の私には自分の体を動かす事も無理なんだと思い

目だけを動かしていると

駆け寄って来る黒い影に

喉の奥からホッと息が抜けていった…





蒼紫が私に何かを言っているけれど…

さっきまで耳に届いていた

うるさい機械音も私を呼ぶ声も

何も聞こえなくなっていて…




ただ…私に何かを言いながら

泣いている蒼紫の顔だけが見えていた




頬から落ちていく涙の雫が

ゆっくり…ゆっくりと落ちていくのが見え

まるでスローモーションの様に映る世界に

神さまが私に…

最後の時間を与えてくれているのかなと思った…






少しでも

愛しいアナタの顔を見れるようにと…






言いたい事…

伝えたい言葉はたくさんある…






ママ…パパに逢えたら

妹達をお願いねって伝えて…





ニーコ達の事も話したい…

二人とも可愛い女の子だったよって…





あのピーコが…

私たちを心配して庭に戻って来て

お義父さんを呼んで来てくれたんだよって…





話したい事が

たくさん…沢山ある…





だけど声にしないと伝わらないから

必死に言葉にしようと

動かない喉に必死に願った…





( ・・・お願い… )





誰かの手が伸びて来て

私の口元にある何かが外されると

おじさんは顔をソッチに向けて

また目から大きな涙を流しだしている





アナタの泣き顔を見るのは…

就任式以来だ…






初めてバーで会った

余裕のある…

大人な印象の笑顔とは違い

まるで私みたいに泣いているその顔に

手を伸ばしたかった





( 次…アナタの涙を拭けるのは…いつかな… )






今の…

蓬莱 夢乃の体ではもう無理だから…



 




( きっと… )






おじさんと…

蒼紫と出会えてからの2年間は…





私の生きてきた25年間よりもうんと短くて

蓬莱 夢乃として生きた期間は1年程なのに…





八重桜 夢乃として生まれた

今生の私の思い出は…

アナタと…あのお寺の記憶でいっぱいだった…





アナタと過ごした時間が幸せだったからこそ…

アナタしか見えなかった…







トウキ「蓬莱がよく言ってたよ…

   あの寺の最後を見届けるのが

   蓬莱 蒼紫として生まれて来た

   今生での自分の務めなんだろうってね…」







きっと…

今生での私の務めは…

アナタに出逢う事だったんだ…






アオシ「お前は2番目の坊守だぞ?」






「えっ!?」






アオシ「9月まではお袋がこの寺の

   俺の坊守をしてただろうが…

   だからお前は…2番目だ…笑」






「違うもん!

 お義母さんのは代打みたいなものだから

 カウントしないもん!」






アオシ「代打?笑」







「とにかく!

 私が蒼紫さんの最初で最後の坊守なのッ!」

 






アナタに出逢って…

アナタのたった一人の

坊守になる為に生まれて来たんだ…






お寺の扉を一緒に閉めるのは私じゃなく

今日生まれてきた

私たちの可愛い娘だろう…





あの夢の中の女の子は

幸せそうに蒼紫を見上げていて

蒼紫も…優しい顔で見ていたから…





だから…

何の心配もしていない…





アナタは…

コレからも沢山の魂を見送り続ける…





そして…その務めを終えて…

蓬莱 蒼紫としての生を終えた時に

アナタに「お疲れ様でした」と笑って伝えたい…





ニーコ達と一緒に

あの海の上で

ずっと…待ってるから…






「ワタシ……アナタ…のッ…」







私は…アナタの…

弦蒸寺25代目住職の坊守だから…






蒼紫の目が大きく見開かれた後

私の顔の横に顔を埋めて泣きだしたから

言葉に出来たのかなと思い

自分の涙が頬に伝っていくのを感じた…






アオシ「・・・ッ…必ず探す…」






「・・・・・・」






耳元に蒼紫の声が聞こえてきて…

周りの小さな物音も聞こえ出し

それがどういう事なのかが分かり

蒼紫の泣いている声に耳を傾けた






アオシ「オマエッ…を…必ず見つけ出す…」






「・・・・・・」






アオシ「後生あっちじゃ…ッ…

  先にいくの…はッ…ユルサねーから…なッ…」

   





蒼紫があの日…

就任式に現れた私にくれたあの言葉は

来世まで続く愛の言葉だから…




私とアナタのえん

きっとまだ…終わらない…




だからこそ…

私は「さよなら」だと思ってはいない…





あの海の上を手を繋いで歩いて行き

後生ごしょうへの船には

アナタと一緒に乗るから…





蒼紫の温もりを感じながら

重くなっていく瞼を

ゆっくりと閉じていくと

暗い筈の瞼の裏は

白く…明るくなっていった





「・・・マタ……」





アナタとは…また逢える…







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