まだ…

〈ミツタロウ視点〉









急に開いたドアと一緒に

赤ん坊の泣き声が廊下に響き渡り

椅子から立ち上がると

青い手術着を着た看護師さんらしき人物が

「通ります、下がってください」と

赤い血が沢山ついた赤ん坊の入った保育器を

押して走って行き…




バタンと閉じられた手術ドアの上には

まだ手術中のランプがついたままだった…






蒼父「・・・行ってあげなさい」






蒼紫のオヤジさんは

隣りに立つおばさんにそう言い

「でも」とドアの前から動こうとしない

おばさんに顔を向け…






蒼父「母体があの状態だ…

   何かあってもおかしくない…」






ミツタロウ「・・・・・・」






夢乃ちゃんは酷く噛まれていたみたいだし…

ウイルスに感染したのならお腹の子も…






ショウ「バカ犬が…」






なんともない…

健康な状態ならば…

薬を投薬すればいいのに…





夢乃ちゃんはあんな状態だし…

生まれたばかりの新生児である

赤ん坊に注射なんか打てるのか…






蒼紫のお袋さんは

赤ん坊が運ばれて行った方へと走って行き

麗子もその背中を追っていった…






オヤジ達が

山に火を放って野焼きにしてやると

肩をあげて話している間も

蒼紫のオヤジだけは

ずっと手術室のドアから目を離さず

ジッとただ見ていた






「お義父さんは蒼紫さんにソックリですよ!笑」






以前夢乃ちゃんに

うちのオヤジが「舅から虐められてないか?」と

失礼な問いかけをしていて

「また…」と目を細めていると

夢乃ちゃんは口に手を当てて笑い出した







父「前住職と蒼紫がソックリ?」






「はい!なんていうか…

  不器用?ツンデレっていうんですかね…

  とにかく可愛い性格してますよ?笑」






蒼紫のオヤジに不器用やツンデレなんて

言えるのはきっと夢乃ちゃんくらいで…

俺もオヤジも目を丸くした






「腕を組んで眉間にシワを寄せてても

  頭の中は優しいですから!笑」







蒼紫も「オヤジは夢乃に甘い」と

言っていた事があったが…



うちのオヤジや和菓子屋の大将の様な

接し方をしているわけでもないから

そんな風に見えていなかった…






「お菓子だって蒼紫さんとは

  比べ物にならない量を貰いましたし」






父「あの前住職が…お菓子?」







皆んなの様に

涙を流したりはしていないが

おじさんにとって夢乃ちゃんは

たった一人のお嫁さんで…娘だ…





椅子にも座らず

ずっとドアの前で出てくるのを

待っているんだと思った…





麗子の話じゃ

病院に運びこばれた時には

おじさんとおばさんだけで…

母子共に危険な状態だと言われ

夢乃ちゃんがおじさんに

「子供を…」と伝えたらしい…





何も…

そう決断したかったわけじゃないだろう…

ただ…その場にいたのがおじさんだったんだ…





もしこの場に蒼紫がいたとして

子供を失いたくないと言う夢乃ちゃんに

蒼紫は…なんて言ったんだろうと思った…







ミツタロウ「・・・・・・」







就任式に泣いた顔で現れた蒼紫を思い出すと

やっぱり夢乃ちゃんにいてもらった方が…





そう考えているとバチンと大きな音とともに

手術中のランプが消え

皆んな息を呑んで開いたドアへと目を向け

出てきた夢乃ちゃんの顔に

「夢乃ちゃん」とオヤジ達も駆け寄ったが

その目は開かれる事なく

呼吸器のマスクがつけられたまま運ばれて行った







医「蓬莱夢乃さんのご家族の方は…」






後ろから出てきた医者らしき男が

マスクをとりながら辺りを見渡し

「ご主人は?」と問いかけてきた







蒼父「息子は今コチラに向かっております…

   私が義理の父親になりますが…夢乃は?」






医「・・・あちらへ…」







おじさんだけを連れて行ったのを見て

ここにいるだれもが

夢乃ちゃんの状態を理解し肩を落とした






父「蒼紫の野郎はまだなのか…」






顔に手を当てて

そう呟くオヤジに目を向け

俺も何やってんだよと心の中で呟いた…





嫁の…大事な奥さんのこんな日に

赤の他人の魂を送っている場合かよと

グッと拳を握りしめた瞬間






「似てるんです…」






ふと…夢乃ちゃんの声が聞こえ

顔をキョロキョロと動かしたが

周りに夢乃ちゃんがいるはずもなく…






「満太朗さん!ありがとうございました」






ミツタロウ「いや、また白と黒の目覚まし時計だった?笑」






「ふふ…はい!笑

 私、袈裟を着た蒼紫さんが一番好きですから」







( ・・・・・・ )







記憶の中の夢乃ちゃんの声が

聞こえているんだと分かり

立ち上がった俺は

夢乃ちゃんの運ばれて行った方へと走り

「夢乃ちゃんッ」と叫んだ








ミツタロウ「もうすぐ来るからッ…

    蒼紫ももうすぐ…クルッ…から…

    だから!だからまだダメだよッ!

    マダ……まだ頑張ってくれッ」








君の大好きな蒼紫が…

君の…好きだと言った…

お坊さんの蒼紫がもうすぐ来るから…

まだ…行かないでくれ…







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