娘…

〈ミツタロウ視点〉









病院に着き足を走らせながらエレベーターへと乗り込み

麗子から聞いていた階のボタンを押すと

上の方に顔を向けている翔が「あれ」と

小声で口ずさみ俺も顔をあげた…






ミツタロウ「・・・・・・」






上にある案内の表記には

俺たちの押した階が手術室の階だと書かれていて

夢乃ちゃんは…手術中なんだと理解した…





噛まれた部分も

本当に裂けているなら縫わなきゃいけないだろうし

オヤジが言っていた様な感染症だってある…






ショウ「てっ…帝王切開か?」






翔の言葉に目をギュッと瞑り

犬さえ来なければと奥歯に力を入れていた




ただの早産や

何かのトラブルでの帝王切開なら

こんなに不安にはならないだろう…





( 今の夢乃ちゃんには… )





ガクンとエレベーターが止まり

目的の階への扉が開き

俺と翔は勢いよくエレベーターから降りると

顔を左右に動かし麗子の姿を探した





レイコ「みっちゃん!」





麗子の声が聞こえ

顔をパッと向けると

眉を下げた麗子が駆け寄って来て

「蒼君も今向かってるって…」と言い

蒼紫に連絡がついた事に「そうか」と

安堵の笑みを溢したが…





レイコ「・・・・・・」





麗子の表情は曇っているというよりも…

まるで…誰かの訃報でも聞いた様な顔をしていて

目を赤くして顔を俯けている…






ショウ「夢乃ちゃんは?」






レイコ「・・・今…手術してる…」






ショウ「足の怪我そんなに酷いのか?   

   あと破水してるって…」







何も答えない麗子に

また不安の渦が大きくなりだし

奥に蒼紫のオヤジが立っているのが見えて

震える足を動かしながら近づいて行った






ミツタロウ「アノ…あのッ!」





蒼父「・・・・・・」






蒼紫のオヤジはチラッとコッチに顔を向けた後

直ぐに顔を目の前の手術中のライトが光っている

ドアの方へと目線を戻し何も話してくれず…






ミツタロウ「夢乃ちゃん…は?子供は?」






俺はそう尋ねながら

一歩近づくと袈裟の手元が目に入り

ゴクリと唾を呑んだ…





黒い袈裟の中にある

白い肌着の着物の袖は赤く染まっていて

それが誰の血なのかが分かり

怖くなっていった…






蒼父「・・・子供は…今取り出している…」





ミツタロウ「・・・・とり…出す…」






つまり帝王切開の手術中なんだと分かり

助かるのかと目線を手術室のドアへと向けると

「じゃ…じゃあ夢乃ちゃんはッ!」と

後ろから走って来た翔が声を上げ出し

眉を寄せて顔を向けると

「蒼紫は知ってるんですかッ」と

蒼紫のオヤジの肩を掴んで

息を「ハァ…ハァ…」と上げながら睨んでいて…

奥で顔に手を当てて泣いている麗子の姿が見えていた






( ・・・・・・ )






翔の目が…

涙を溜め出しているのが見え

俺はもう一度「夢乃ちゃんは?」と問いかけた







蒼父「・・・本人ははおやの意思だ」






ショウ「ソッ……そうだとしてもッ

   蒼紫はどうすんだよッ!?

   あんた父親なら分かるよな?

   蒼紫にとって夢乃ちゃんがどんなに大切かッ!?」







ミツタロウ「・・・・・・」







翔の言葉の意味が分かり

顔を小さく振っている自分がいた…





俺は…勘はいい方だと思う…

夢乃ちゃんと蒼紫の関係にも

違和感を感じていて…実際そうだったし…

周りの雰囲気を読んだりも得意な方だけど…





だけど…

今だけは…何も理解できない自分でいたかった…





パタパタと走る足音が聞こえ

蒼紫かと顔を上げると

蒼紫のお袋さんが駆け寄って来た






蒼父「あちらのご家族は?」






蒼母「直ぐにコッチに向かうと…

   でも…夜中前だろうって…」







蒼紫のお袋さんは

ハンカチを口元に当てていて

目からはポタポタと涙が落ちていて…






ミツタロウ「・・・ほんと…に…」






ショウ「子供は…ッ…また作りゃいいじゃんか…よ…」






蒼父「・・・・・・」






ショウ「なんで…ナンデ…」







翔は掴んでいたオヤジさんの袈裟から手を離し

ズルズルと床へと座り込み

「なんで」と泣いている…






蒼父「・・・鶏が死んだ…」






ミツタロウ「・・・・・・」






蒼父「・・・2回目だ…

   もう…娘を失いたくないそうだ…」






ミツタロウ「・・・ッ…」








俺も翔と同じ気持ちだった…

子供は…今回諦めてでも

蒼紫の隣で笑っていて欲しかったから…





だけど…夢乃ちゃんは…

蒼紫の好きな夢乃ちゃんは…

そんな事は決してしない…






卵から生まれた鶏を

自分の娘だと言って…

野犬から逃げなかった夢乃ちゃんなら…






ミツタロウ「きっとッ…そう言うよ…」






バタバタと複数の足音と共に

「満太朗!」とオヤジの声が聞こえ

俺は…33歳にもなるいい年をしたおっさんなのに

「ぐっ…ォヤジ…」とオヤジの肩に顔を埋めて泣いた






アオシ「アイツは鶏を鶏だとは思ってないからな…」






( ・・・蒼紫… )






閉じた目からは

大粒の涙が流れ落ちているのが分かり

その瞼の裏側に映る

就任式や結婚式での

幸せそうな蒼紫の笑顔に更に涙は止まらなかった…











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