悪夢…

〈ユメノ視点〉










「・・・・・・」






目を開けると

優しい風が足元に吹いていて

ほんのり汗をかいている背中が熱く感じた…






( ・・・・ゆめ… )






ほんの少し前まで見ていた夢の記憶を

縁側から見える綺麗な水色と白が混ざり合った

夏の空を見上げながらボーっと辿っていき

「ふふ…」と笑みをこぼした







「・・・パパが大好きなのね…」






お腹を撫でながらそう語りかけると

そうだと返事をするかの様に

お腹の中で小さく動く我が子に

「早く会いたいね」と呟き

夢の中でおじさんにひっつき回っていた

小さな女の子を思い出し

自分にそっくりだったなと思った






弥来君よりも少し大きな

4〜5歳位の女の子は

私の様におじさんの袖を掴んで歩いていて

甘えた顔でおじさんを見上げて笑っていた…






( ・・・パパの取り合いになるかもね…笑 )






ゆっくりと体を起こし

カレンダーへと目を向けると

あと2週間程で迎える予定日が

ハートマークで囲まれていて

「あっと言う間だったね」と

お腹を撫でていると

ピーコ達の激しい鳴き声が庭に響き渡り…






「・・・なに?」






体を少し前に寄せて

庭に顔を向けると

ピーコ達が縁側の前を早足で走って行き

3人しかいない姿にゾクリと嫌な不安を感じ

パッと顔を端に向けると…






「ニッ…ニーコッ!?」






中型犬位の犬が小屋の近くにいて

バタバタと足元で暴れているニーコの体を

足で踏んでいる姿が目に入り

慌てて外に出ようと縁側から足を降ろした瞬間

ニーコの高い鳴き声が響き

ドンドン声が小さくなっていった






「・・・・だっ…ダメ…」






犬の顔が地面に向かって下がっていて

その牙がニーコの首元を噛んでいるのが分かった






(  また…またッ… )






「・・・ごっ…めん…」






1年半前のニーコの姿が横切り

草履も履かずに庭へと降りた私は

お寺側の柵の方へと走り鍵を開けて

ピーコ達を外に逃した後

家に立てかけてあったほうきを手に取り

「バカ犬」と声を上げた





犬の顔は…

濃ゆい茶色の毛が所々ツヤッと光っていて

それがニーコの血だと言う事は

犬の口元についている白い毛を見て分かった…






( ・・・全然…違う… )






人の家で飼われている犬とも…

野良犬として彷徨っている犬とも違う…




本当に犬なの?と思うほどに

狼の様な獣の顔をしている

目の前の犬に恐怖で足も手も震えていた






( 怖い…ッ…でも… )






ニーコの眠るお墓に目を向け

もう一人のニーコも

あんな姿にするわけにはいかないと思い

握っているほうきをギュッと握りしめて

「アッチに行くのよ」とほうきの先を

突き出しながらゆっくりと近づいて行き




犬の足元で小さくピクピクと動いている

ニーコが目に入り

「アッチに行ってッ」と犬に叫んだ






きっと…

もう直ぐニーコは

おじさんの言う後生の船に乗るだろう…






「・・・ッ……」






ぼろぼろと自分の目から涙が流れていて

犬を…しっかりと睨みたいのに

視界は歪んでいって

叫ぶ声も震えている





残り少ない時間…

最後は私の腕の中で

送り出してあげたい…





だから…だから…






「行けってばッ!」






そう叫んでほうき高く振り上げて

犬を叩こうとした瞬間…

「ッ!」水が下から流れ出る感覚がして

思わず片手をお腹に当てると






( ・・・・えっ… )






自分の足に変な感じがして

目線をゆっくりと降ろすと

さっきまでニーコを踏んでいた犬が

私の足元にいて…

私の…足を噛んでいるのが見えた…






(  噛まれてる? )






不思議な感覚だった…

痛みも無いし…

犬は動かないし…

まるで時間が止まっているかの様に見える

その視界に体も思考も止まっていて…






「!?」






背中の方から聞こえる

マルちゃん達の鳴き声にハッとした瞬間

止まっていた全部が動きだし

ふくらはぎに今まで感じた事のない

激しい痛みが走りだし





持っていたほうきで

犬の頭をバシッと叩くと

キャンッと鳴くどころか

鋭い牙を見せて私の腕に襲いかかってきて

右手にも鈍い痛みが走り抜け

なんとか体を押し退けた






「・・・ッ…カエリ…なさいよッ!」






ほうきの先端を横に振って

犬の体を何度も叩くと

唸り声を上げて数歩下がり

ガルルルと歯茎を見せて

まだ威嚇いかくをしているから

ほうきを振り上げて犬の手前の地面を何度も

叩くとパッと林の方へと走り去っていった





「ハァ…ハァ…」と乱れた息を整えながら

ニーコの方へと近づいて行き

赤く染まった首元にそっと手を当てて

「ニーコッ」と名前を呼ぶと

ピクッと体が小さく揺れ

間に合ったんだと思い

「痛かったね…ごめんね…」と

体を撫でながら声をかけた…






膝をついた足からドグン、ドグンと

血の流れる音なのか

嫌な音が聞こえていて

体中が熱くなっていき

噛まれた部分からは赤黒い血が流れ出ている…






「ハァ…ハァ…こんなに痛かったんだ…」






私の足に噛み付いたまま顔を何度も振っていた

あの犬の牙は思っていたよりも

私のふくらはぎを傷つけていたようだ…





「・・・ごめん…ね…」





畠さんのお店に行って

ニーコの話なんてしなければ

こんな痛い思いをする事もなかったのに…





まだ暖かい体に手を当てたまま

瞬きを一つすると目に映る視界の角度は変わっていて

自分の体がニーコと同じ様に

地面に横たわっているんだと分かった





足や手の痛みとは別に

下腹部にも痛みを感じ

「びょ…いんに…」と口を動かしたけれど

耳に届いた自分の声は小さくて

「ダレ…か…」と助けを呼んでも

きっと誰にも届かないだろう…






( ・・・この子…だけでも… )






手を当てているニーコから

わずかに感じていた鼓動は感じ取れなくなり

もう一人のニーコと同じ所へ行ったんだと思い

お腹にいる子はまだソッチへは行かせないと

グッと奥歯を噛み締めた後

「マル…まッ…る…」足の速いマルちゃんを呼ぼうと

必死に声を上げるけれど

身体中の痛みに顔も歪み上手く叫べなくなっていた







( だれか…誰か来て… )






バサバサと羽の音が聞こえ

顔は動かせれないから目線だけを向けると

ピーコの顔が見えた






「ピッ…コ……」






ピーコは私と横にいるニーコを

カクカクとした動きで交互に見ていて

動かないニーコに顔を近づけている…






( ・・・お姉ちゃんになったわね… )






うちに来たばかりの時は

おじさんにしか懐かなくて…




マルちゃんとタマちゃんが来たら

赤ちゃん返りをしていて…




中々皆んなに馴染まない

甘えん坊のニーコに私が構っていると

ヤキモチを妬いて不貞腐れてたり…





「あまの…じゃくだったのに…」





動かないニーコを心配している様で

小さな鳴き声をあげてニーコの顔を

覗き込もうとしているピーコに

フッと笑った瞬間に涙が横に流れ落ちていた…






( 今の長女はアナタだったわね… )






「ピー…コ………ピーコッ」







必死に名前を呼びながら

指先を小さく動かすと

ピーコは私の手に近づいて来て

くちばしを指に当ててきたから

「おと…さ…んをョンデ…キテ」と

何度も「お義父さん」と言う言葉を伝えると

ピーコはバサバサと羽を広げて走って行った…






ピーコだけは…

まだマルちゃん達が来る前に

お義父さんから

たまにトウモロコシのオヤツを

貰ったりしていて「お義父さん」と

私が呼ぶと反応して

お義父さんに近づいていた…






だから…

きっとお寺にいるお義父さんを

連れて来てくれると思いながら

ニーコの体に手を置いたまま目を閉じた…






( ・・・夢なら…さめて… )









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