お姫様…

〈アオシ視点〉









男「若住職!」






お参りを終え車を停めている場所へと

歩いていると後ろから呼ばれ足を止めた






男「夢乃ちゃん、もう直ぐだろ?」






ここ最近…

この言葉をよく聞くし

言葉と一緒に差し出されてくる物に

正直困っていた…






男「コレ!夢乃ちゃんに食わしてやってくれ」






アオシ「いや…」







庭で採れた野菜なんかをくれる人もいれば

わざわざ店で買った物を差し出してくる人もいて

「ありがとうございます」と気軽に

受け取れない物もあったからだ…






( ・・・なんでアイツは愛想を振りまくんだ… )






渡された物を手に

「はぁ…」とタメ息をついていると

「蒼紫」と満太朗の声が聞こえ

またかと足を止めて顔を向かせると

大きな米袋を抱きかかえた

満太朗の姿が目に入った






アオシ「・・・・米ならある…」







ミツタロウ「4人で食えば直ぐ無くなるだろう?

    来月には5人になるしな?笑」







アオシ「生まれて直ぐ食うか」







ミツタロウ「いや夢乃ちゃんは

   母乳だってあるし2人分食べなきゃいけないだろ」







アオシ「・・・・・・」








来月が出産予定の夢乃にと

皆んな差し出してくるが…






アオシ「・・・はぁ…来月だぞ?」






誰かの子供が生まれるからと

こんな風に物を与えた事は無いし

母乳だの栄養だのと…

考えた事は一度だってなく

なんでこんなに気にかけるんだと不思議だった





普通は…

祝いの祝儀かオムツなんかをやって終わりだろ…







ミツタロウ「もう来月だろうが?笑

    パパになる気分はどうだ?」







アオシ「・・・まだなってもねぇのに分かるかよ…」







夢乃は毎日の様に腹を撫でては

「熱いでちゅね?」や「お昼寝しなさい」と

腹の中にいる子供に向かって話しかけていて

「パパも何か言ってあげてよ」と言ってくるが…





まだ顔も見ていない子供に

そんなに愛着が湧くわけもなく

「さっさっと寝ろ」としか声をかけていない…






( ・・・俺が…父親か… )







ミツタロウ「お腹の子は女の子だし

    生まれてきたらお前だってメロメロだろ?笑」







アオシ「・・・さぁな…」







夢乃いわく

生まれてくる子供は6女だというし…

鶏の影響もあり

女の子だと聞いてもイマイチ何も感じない…






( ・・・タマみたいに大人しけりゃいいがな… )








ミツタロウ「まっ!生まれたら

    お姫様に会いたくて毎日早足で帰ると思うぞ」







アオシ「・・・米袋は持てねぇから車までいいか?」







満太朗の言葉に

腹を撫でながら縁側に座る夢乃の姿が思い出され

止めていた足を動かし車へと歩いて行った






( ・・・娘か… )






檀家達も腹の中にいるのが女だと分かると

「住職も忙しくなるな」と

皆んなが満太朗の様な事を言っていたが…







アオシ「・・・・・・」







車を走らせながら

チラッと時計に目を向けると

朝、夢乃に伝えた帰宅時間から数分が過ぎていて

「はぁ…」とタメ息を溢しアクセルを踏む足を強めた






車を停めて荷物を降ろしていると

軽トラックが一台入って来て

誰が何しに来たのかが分かり

眉を寄せて目を向けていると

「ちょうど良かった」と翔が運転席から降りてきて

「今日採れた野菜だ」と後ろの荷台から

段ボールに入った野菜を取り出し始めた







アオシ「・・・毎週、毎週…悪いな…」







昔は寄りつかなかった寺に

毎週の様に現れて

野菜を届けに来る翔に

目を細めて言うと

「寺に来ねえと会えねーし…」

と言いながら助手席を覗いてニッと笑いだしている






アオシ「一緒に来てるのか?」






助手席から直ぐに飛び出して来なかったから

今日は一人で来たのかと思っていたが…





軽トラックの助手席に近づいて行くと

チャイルドシートに座ったまま寝ている

弥来の姿があり…

その手には小さな鉢植えが握られている






ショウ「夢乃ちゃんにあげるんだとよ!笑」






アオシ「夢乃に?」






ショウ「毎日水あげては何時間も眺めていたんだってさ」







弥来が抱いている鉢には

青い小さなミニトマトがなっていて

もう直ぐ食べ頃になるそのミニトマトを

持って来たんだと分かった






ショウ「弥来!弥来!

   夢乃ちゃんの家に着いたぞ!」






翔に起こされた弥来は最初こそ

グズっていたが

俺の姿を見ると「じゅーしょく!」と

目を大きく見開き

キョロキョロと夢乃を探しだし…






アオシ「夢乃なら家にいるぞ」






ミライ「夢ちゃんのとこーろに行くの」






チャイルドシートを外そうと

椅子の上でモゾモゾとしだし

翔が車から降ろしてやると

鉢植えを抱いてテケテケと母屋の方へと走って行った







ショウ「もう直ぐお兄ちゃんになるとか

   言ってるらしいぞ?笑」






アオシ「・・・・・・」







夢乃に懐いていて

生まれてくる子供を自分の妹だと思っている弥来の方が

父親である俺よりも

よっぽど家族らしいなと思い

荷物を抱えて翔と歩いて行くと

庭先から「にーにになるの」と

声が聞こえ「ふっ…」と小さく笑った






アオシ「・・・大家族だな…笑」






まだ一人っ子のはずの子供に

すでに姉が5人と兄が1人いるなんて

おかしな話だなと思っていると

隣を歩いていた翔が

「蒼紫にもお姫様が出来るんだな」と

聞き慣れたセリフを言われまた小さく笑った…






アオシ「・・・もうすでにいる…笑」






ショウ「え?」







角を曲がると

弥来から渡された鉢を嬉しそうに見て

笑っていた夢乃がコッチに気付き

「お帰りなさい」と言った後…






「10分遅刻よ!」






ミライ「じゅー…ぷん?」






朝伝えた時間を1分でも過ぎると

「遅い」と唇を尖らせる

生意気なお姫様ゆめの

「まだ10分だろうが」と言って近づいて行き

腹に手を当てて初めて自分から声をかけた…






アオシ「お前は…2番目だ…笑」






生まれてくる子供は

皆んなの言う通り

俺のお姫様ってやつになるんだろうが…




俺の一番のお姫様は…

この先もずっと、たった一人だから…















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