悪くない…

〈ユメノ視点〉










「うッ………ッ……けほッ…」






本格的な悪阻つわりが始まりだし

酷い時には30分に1度吐き気に襲われていた






「ハァ…ハァ…」






吐いた物が入ったゴミ袋をキュッときつく結び

荒くなった呼吸を整えながら

お腹へと手を当てて

「キツイね」と声をかけた





嘔吐をする時の

不快感と息苦しさに

私の目尻には薄っすらとした涙が溜まっていて

お腹にいる子もきっと辛い筈だ…






「・・・・大丈夫かな…」






私の悪阻は一般的な妊婦さんに比べて

頻度も多いみたいで

せっかく食べた物をほとんど

外に吐き出してしまっているから…






( ・・・ちゃんと栄養いくかな… )






妊娠15週目位から

胎盤を通じて赤ちゃんに栄養を送り出すと

産婦人科のポスターに書いてあったけれど

こんなに吐いていて

ちゃんと赤ちゃんに

栄養が送れているのか不安になっていた





ゴミ袋を片付けて居間の方へと歩いて行くと

檀家さんの所にお遣いに行っていた

お義母さんが帰ってきていて

「体調はどお?」と問いかけられ…






「大丈夫です…

 それよりも…お仕事の方ありがとうございます」






悪阻が酷くなってからは

坊守の仕事をお義母さんに代わってもらう事が多く

今日も商店街まで歩かせてしまった…







母「悪阻はいつかは終わりますからね…

  無くなったら無くなったで寂しくなるわよ?笑」






「悪阻が…ですか?」







出来ることなら今すぐにでも

無くなってほしい位にあるこの悪阻を

寂しく感じるなんて事があるのかなと

不思議に思い首を傾けると

お義母さんはクスクスと笑いながら

麦茶の入ったコップを差し出して来た







母「吐いた後は無意識に

  お腹に手を当てているでしょ? 

  その子がいる証ですからね…」







「・・・・・・」







確かに…

漫画やドラマでも

妊娠をした女の人はトイレに駆け込んで

ゲホゲホと吐いているし…

悪阻はある意味

妊娠の象徴でもあるのかなと思いながら

自分の手が当てられている

お腹へと視線を落とし「ふふ…」と笑った






麦茶を手に縁側に座ろうとすると

マルちゃんがお寺側へと走って行くのが見え

「ダメよ」と顔を向けると

お参り途中のおじさんがビニール袋を手にさげて

コッチに歩いて来ていた…






「・・・またサボリですか?笑」






ここ最近

毎日の様に途中の空き時間を見つけては

お寺に帰って来るおじさんに

笑ってそう問いかけると

「うるせぇ…」と不機嫌顔で近づいて来て







母「臨月でもないのに

  そう頻繁に帰って来ても生まれないわよ」







アオシ「・・・・・・」







私の言葉には憎まれ口で返せても

お義母さんにはそうはいかない様で

少しバツの悪い表情を浮かべたまま

「悪阻は?」と問いかけてきたから

「大丈夫だよ」と笑って答えたけれど…






アオシ「大丈夫じゃなくて

   朝から何回戻したんだ」







「・・・それは…」







正直…片手を通り過ぎていて

答えられずにいると

おじさんは眉を寄せて「待ってろ」と言うと

台所の方へと入って行ったから

コップをテーブルに置いて

私も台所の方へと行くと

洗い場の前に立って

包丁を手に持っているのが見えた







「・・・・グレープフルーツ?」






アオシ「・・・大人しく座ってろ…」






おじさんの隣りに立ち

グレープフルーツと炭酸水のペットボトルを見て

何を作ってくれようとしているのかが分かり

「蒼紫…さん」と袖を握って眺めていると

数分もしないで差し出された

グレープフルーツジュースを受け取り

ゴクリと喉に流して行くと

普段よりも酸味のキツさを感じず

スルッと飲めてしまった






「美味しい!笑」






アオシ「あとコレも冷やしてから食え」






袋の中からミニトマトのパックが取り出され

「冷やした方が食べやすいらしい」と言って

冷蔵庫の中へとしまうおじさんの後ろ姿に

頬を緩ませながらギュッと背中に抱きついた






きっと…

檀家さんか商店街の人達に

悪阻の時にいい食べ物や飲み物を

教えてもらったんだろう…






「・・・悪くないのかも…笑」






そう笑いながら言うと

「なんの話だ?」と私の手の上に

自分の手を重ねて問いかけてくるおじさんに

また笑みを溢しながら「内緒」と答えた…







( 悪阻も…悪くないのかもしれない… )











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る