秋の…

〈アオシ視点〉










父「この日が本当にくるとはな」







朝の経を読み終え

秋風を感じだした空を見上げていると

俺の隣りに立った親父おやじ

笑いながらそう呟いた






父「お前が僧侶だとも知らずに

  ここに連れて来られたあの娘が

  弦蒸寺の坊守ぼうもりとなるか…」

   





アオシ「・・・・・・」







去年の11月に

夢乃を連れ帰った時は

俺自身もこんな日がくるとは

夢にも思っていなかった…






「だんか?」






作法だけでなく

一般的に知れ渡っている

専門用語も通じない夢乃に

頭が痛くなったのを覚えている…






( ・・・それが今じゃ… )






礼拝らいはいは私もした方がいい?」





在家出家ざいけしゅっけのお坊さんも結構いるのね」






お袋から習ったのか

俺が教えていない言葉も交えて話す事が増え

前の様に「何それ?」と問いかけてこなくなった






父「お前達を見ていると

  人と人の生み出す縁の深さを感じる」






アオシ「・・・縁?」






父「嘘がまことになったな」







親父の言葉に驚いて

顔を親父の方へと向けると

腕組みをしたまま空を見上げていて

何で知っているんだと

思いながらも問いかけられずにいると

「蒼紫さん」と夢乃の声が聞こえ

パタパタと草履ぞうり独特の足音を立てながら

小走りでやってきた






マサル「走るなバカ!着付けが崩れるだろうが」






夢乃は黒い着物に身を包み

髪型もいつもの洒落こけた団子ではなく

きっちりとまとめられていて

少しだけ凛として見えたが…






「弦蒸寺の歴代坊守が着てきた着物よ!どお?」






マサル「ファッションショーじゃないんだぞ…」







夢乃の兄も呆れた顔で

寺の庭先でポーズをきめて

「似合う?」と騒いでいる夢乃を見ているが

隣りにいる親父だけは

少しだけ口の端を上げて笑って見ていた






( いつから知っていたんだ… )






いつからか

親父は夢乃にキツイ事を言わなくなり

作法も…夢乃の好きにさせていた






( ・・・・・・ )






「蒼紫さん!」






親父の方に顔を向けていると

夢乃の少し怒った声が聞こえ

眉をピクリとさせながら

顔を向けてやると

「どう?」と両手をチョンッと伸ばして

また問いかけてきた







アオシ「・・・着崩れ起こす前に母屋に戻れ」







そう言うと俺の言葉が気に入らなかったようで

ムッと頬を膨らませ

「似合わないの?」と言っていて…




俺が「似合う」「可愛い」などと

着物姿の夢乃を褒めるまで続くのが予想でき

「いいんじゃねえか…」と適当に言ってやると

「え?」と顔を緩ませて笑い出し

機嫌良く俺を見上げている






( ・・・縁…か… )






秋の彼岸会ひがんえの最終日である今日は

夢乃の坊守就任式を執り行うで…






アオシ「俺と夢乃の就任式は分けて行います」






親父達にそう伝えた時は

お袋は「え?」と戸惑っていたけれど

親父は「好きにしろ」とだけ言い…

お袋の書いた行事の書に坊守就任式の文字を見つけ

あるはずもないその5文字の漢字を

自分の人差し指でスッと縦になぞったのを覚えている







父「・・・お前の坊守が務まるのは一人だけらしいぞ」






( 俺の…坊守… )







俺は坊守を選ぶ気も

誰かをこの寺に嫁ぎ入れる事も

するつもりはなかった…





だから、俺の坊守は…

童話なんかの書物に登場する

架空の存在だとすら思っていた







母「夢乃さん、住職を名前で呼ぶのではなく

   きちんと〝住職〟と呼ぶ様になさい」






「家…敷地の外ではそう呼びますけど…」







夕食を済ませ席を立とうとした俺を

いつもの様に「蒼紫さん」と呼んだ夢乃に

お袋が「ダメよ」と指導していると

夢乃は唇を少しだけ尖らせ

「だって…名前は蒼紫なんですから」と

中々折れないでいた






「私は弦蒸寺に嫁ぎましたけど…

  私の旦那さんは…蒼紫さんですもん…」






夢乃は外では俺を「住職」と呼び

家の中…お袋達の前では「蒼紫さん」と呼び…







「今日は何時に寝る?」






アオシ「遅くなるから先に寝てろ」






「ダメ…今日は一緒に寝るの…来て蒼紫」







二人だけの時は

甘えた声で「蒼紫」と呼んでくる…






アオシ「・・・・夢乃」






名前を呼ぶと「ん?」と

近づいて来る夢乃を見ながら

数時間後に行われる就任式の事を思い

「似合ってる」と口にし

自分の手を夢乃に差し出した






親父の言う通り

嘘から始まったこの関係は

いつからか本物の縁となり

俺の隣りにはいつもお前がいる…






俺の手を握り

恥ずかしそうに笑っている夢乃を見て

「後数時間だ」と手を強く握り返した







もし…来世でも…

俺の勤めが同じ僧侶だったとしても…






俺の坊守は…

お前ただ一人だろう…


















  






















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