逃げないで…
〈ユメノ視点〉
「・・・・ぁ…」
商店街を歩いていると
知っている後ろ姿を見かけ
思わず小さく声をもらした
( ・・・・・・ )
私がおじさんの就任式に現れた日…
怒って近づいてくる水戸さんの奥には
綺麗な着物を着た麗子さんの姿もあったけれど
私と
水戸のおじさんも…
麗子さんの姿もなくなっていた…
あの日…
私が現れなければ
麗子さんはおじさんと結婚出来ていたかもしれない
ミツタロウ「あー…うん…実はね…」
コッチに戻って来たし
桜祭りのお手伝いに参加しようと
満太朗さんに相談をしに行くと
目線を泳がせだし
「言いにくいんだけど…」と…
麗子さんのお父さんが
おじさんとの縁談話をまた進めようと
檀家さん数人に声をかけていた事を話し出し…
ミツタロウ「もちろん蒼紫は関係ないし
住職や坊守の母ちゃんの意思でもなかったんだけど…
今回の桜祭りは麗子や亜季達もいるし…
多分参加すればまた騒がれて
夢乃ちゃんも…居ずらいかなって…」
「・・・そう…ですね…」
そう頷いて…
今年の桜祭りには顔を出さなかったけれど…
( ・・・いつまでも避けてるわけにはいかない… )
この3ヶ月
商店街に住む麗子さんと顔を合わせる事は無く…
そんなに広いわけでもないこの商店街で
顔を合わせないなんて事は…きっと無い…
だから、麗子さんが
私を避けていたのは分かったし
私も麗子さんのお店のある方へは近づかない様にしていた
でもおじさんはお寺の住職で…
麗子さんの実家は仏壇屋だから
いつまでも避け続けれるわけがない
檀家じゃなくなって
弦蒸寺だって苦しいけれど
お店だってキツくなった筈だし
おじさんがお寺を継ぐ様に
あの仏壇屋を継ぐのは麗子さんだから…
檀家さんじゃなくても
私たちは…お寺とあのお店は繋がっているべきだ
止まっていた足を一歩動かし出し
二歩、三歩と足を進めながら段々と早く…
走って麗子さんの背中を追いかけた
「・・・ハァッ…ハァ…」
声を上げて呼び止めれば
町の皆んなが振り返るし
また噂話を始めるのが分かっているから
声を上げないまま麗子さんに近づいて行くと
立ち止まってクルッと
顔をコッチに向けた麗子さんの目が
大きく見開かれた後に
パッと前を向いて走りだした
( ・・・だめ…逃がさない… )
麗子さんが私に会いたく無い事も…
私と話なんてしたく無い事もちゃんと分かっている
でも…今日話さなくちゃいけない…
あと数日で私はおじさんの花嫁となるから
おじさんに長い長い片想いをしていた麗子さんとは
八重桜 夢乃のままで話をしたかったから…
息を上げて苦しくなる胸に手を当てながら走り続け
商店街を抜けた先に行くと
麗子さんは走るのを止めて「ついて来ないでよッ」と
背中越しに叫んだ
「ハァ…ハァ……話が……あります…」
レイコ「・・・・・・」
何も話さないで肩を上下させている
麗子さんの背中を見ながら
「私…蒼紫さんと結婚しますから」と口にした
「蒼紫さんと結婚して
私が…私が坊守として最後まで支えますから」
レイコ「・・・ッ…」
「だから…麗子さんも支えてください…
幼なじみとして…
住職となった蒼紫さんを支えてください」
そう言うとパッと顔を向けて
私に近づくとバシッと左頬を叩いてきたけれど
その顔はいつもの女狐顔なんかじゃなく
唇を噛んで沢山の涙を目に溜めた泣き顔だった
レイコ「ふざけないでよッ!
アンタと…自分じゃない誰かと結婚する蒼君を…
何で私が支えなきゃいけないよ…ッ…」
「・・・私…悪いとは思ってませんから…」
そう言って自分の右手を上げて
麗子さんの左頬を同じ様にビンタすると
「何すんのよッ」と頬に手を当てて涙を頬に流し出した
麗子さんは一人っ子だし…
あんなお父さんだから
きっと…頬を叩かれた事なんて無いはずだ…
( ・・・私だって無いわよ… )
お父さんやお兄ちゃんは
私に手なんてあげないし
お母さんも「まったく!」と叱りながら
お尻を軽く叩く位だった…
ミキ「夢乃は…逃げる癖があるよね…
何か嫌な事があると直ぐに逃げる…
だから、誰とも続かないんだよ…」
美紀が言った様に
男の子達だけでなく面倒臭い女友達の輪からも
いつも逃げ出していた…
こじれそうになれば離れて
ちゃんと向き合って話し合った事なんてなかった…
( 友達も…麻梨子くらいだ… )
当たり障りのない…
その場限りの友達しかいない私が
誰かに頬を叩かれるのも
誰かの頬を叩くのも…初めてだった
「・・・結婚しますから!」
レイコ「そんなの商店街中…皆んな知ってるわよ…」
「・・・・・・」
きっと前の私の様に
皆んなからの視線だったり
噂話で…気不味い思いをしているんだろう…
「・・・私…逃げませんでした…」
レイコ「はっ?」
「年末の餅つきも…あの歓迎会も…」
レイコ「・・・・・・」
「だから麗子さんも逃げないでください…」
おじさんの事だけは
諦められなかった…
( だから…逃げなかった… )
「幼なじみとしして…
おめでとうって言ってあげてほしいです」
レイコ「・・・ッ…可愛くないッ…」
「・・・・・・」
レイコ「生意気だし…可愛くないッ…」
泣きながら…
私に「可愛くない」と連呼する麗子さんは
いつかの私と重なって見えた…
「誰かさんよりかは可愛いもんッ!」
アレは…
麗子さんに負けたと感じたくなくて
必死に「自分の方が可愛い」と口にしていたんだっけ…
皆んなが言うように
《お坊さん》であるおじさんの隣りに立つのは
麗子さんの方がきっと…お似合いで…
( ずっと認めたくなかった… )
「私…麗子さんの事…大嫌いでした…」
レイコ「私だって嫌いよッ…」
「意地悪だし女狐だし…」
レイコ「はっ…はぁ!?
アンタなんてッ…頭空っぽのバカじゃないのよ」
「・・・でも…
蒼紫さんが好きでこんな風に泣くのは…
少し…分かるし…
ちょっとだけ…ちょっとだけ可愛く見えます」
レイコ「・・・・・・」
「・・・ちょっとだけですからね…」
いつもの意地悪顔に比べたら
涙と鼻水で顔を濡らしている
今の麗子さんの方が可愛く見えて
そう伝えると…
レイコ「ちょっと、ちょっと五月蝿いのよ…
アンタが来るまで…
私が町で1番チヤホヤされてたのよッ!」
目をキッとさせて
睨みながらそう言ってきた麗子さんに
思わず吹き出してしまった
「29歳でチヤホヤはさすがに…
もう世代交代でしょ?笑」
レイコ「はぁぁッ!?」
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