後悔…
〈アオシ視点〉
アオシ「・・・・すみませんでした」
車を運転しながら
後部座席にいるオヤジにそう謝ると
オヤジは腕を組んだまま
窓の外を見ていて
「何の謝罪だ」と返して来た
アオシ「・・・・・・」
今日は麗子の家の月参りの日で…
就任式の日の事を含め
オヤジと二人で謝罪に行って来たが
予想通りの言葉を言われ…
今後…水戸家への参りは無くなった…
父「・・・寺の住職が
簡単にそんな言葉を口にするな」
アオシ「・・・・・・」
父「水戸家の件と
お前の婚礼は関係ない…」
そう言って窓から見える景色を
眺め続けているオヤジに
「坊守には…なんと」と問いかけると
少しの沈黙の後
「アレも分かっている筈だ」と言った
お袋が自分の実家である寺を守ろうと
寝る間も惜しんで作業をしていた姿を
ガキの頃から見ていたからこそ
今回の水戸家の事をなんて伝えていいのかを迷った…
父「・・・お前の坊守が務まるのは一人だけらしいぞ」
少し…笑いを含んだ様な声が後ろから聞こえ
「え?」とバックミラーに目を向けると
相変わらず窓の外を眺めているオヤジの姿があったが
口の端が少しだけ上がっている様に見える
父「就任式の日に
あの娘をお前の元に行かせたのは
お前の母親でもある今の坊守だ…」
アオシ「・・・・・・」
父「次期坊守はあの娘だと坊守が言うのだから…
弦蒸寺はまだ大丈夫なんだろう…笑」
戻って来た夢乃に
お袋は坊守の仕事を少しずつ教え出し
日中はもちろんだが
俺が就任した後は夜通し二人で作業をしていて…
アオシ「お前…何やってんだ?」
風呂に入れと声をかけに部屋へと行くと
夢乃は机に向かって何かをしていて
後ろから近づいて覗くと
筆ペンで何かを書いていた
「ちょっと!見ないでよ!」
達筆なんてとてもじゃねぇが言えない字に
目を細めていると両手でパッと隠し
頬を膨らませて怒る夢乃に
「何書いてんだ」と問いかけると
「日記…」と小さく呟き
見られたくないのかノートをパシッと閉じた
「・・・書き物は全部手書きだから…」
アオシ「・・・・・・」
寺の掲示物や配布物は
お袋が筆で手書きをしている物が多く…
筆書きに慣れる様にと筆ペンで日記を書いて
いるんだと分かり夢乃の手先が
黒く汚れているのを眺めた
( 前は…化粧品しか並んでなかったのにな… )
テーブルの上には
下手くそな字で
寺の名前と俺の名前が書かれた紙が
何枚も乗っていて
側にはお袋が書いたであろう見本が置かれていた
「9月までには…上達するから…」
俺が紙を眺めている事に気付き
顔を俯かせてボソボソと呟く夢乃に目線をやり
「その前に祝言だな」と言って筆ペンを手に取り
お袋が書いた見本の隣りに書き足してやった
( ・・・まさか…坊守になるとはな… )
初めてバーで会った時は
俺の坊守になるなんて
全く予想もしていなかった
父「お前の決断に迷いも後悔もないのなら
今回の事を悪かったと…二度と口にするな」
アオシ「・・・・・・」
オヤジの言っている意味が分かり
「はい」と答えバックミラーから視線を外し
前だけを向いて運転をした
迷いも…後悔もない…
あの日、就任式に現れた夢乃を抱きしめた
あの瞬間から俺の幸せは…
一つだけだから…
寺に帰り着き
車から降りると鶏の鳴き声が
コッチにまで聞こえていて
「賑やかになったな」と
笑って歩くオヤジを見て
「そうですね」と小さく笑って返事をした
本当に…賑やかになった…
前は山の方から聞こえてくる
カラスの鳴き声しかなかったこの寺に
今では五月蝿い位の鶏の鳴き声が響き
「ピーコはコッチでしょ」と
鶏と話している夢乃の声が必ず耳に届く
庭に近づくと
俺とオヤジが帰った事に気付いた
夢乃が立ち上がってコッチに走ってくると
「お帰りなさい」と不安気に見上げてきた
俺達が何処に行って来たのかも
分かっているようで
眉を下げている夢乃の鼻を軽く摘んで
「サボってねーでちゃんと練習してんのか」と
笑って問いかけると
俺の表情を見て安心したのかニッと笑って
「見てよ」と手を引いて
縁側へと連れて行き
「ホラ!」と少し頬を赤くして
照れながら一枚の紙を差し出して来た
アオシ「ふっ…ちったぁ上達したじゃねぇか」
俺の名前の隣りに書かれた
蓬莱夢乃の文字を見て
笑って誉めてやると
「招待状書かなきゃいけないもん」と
目を細めて笑う夢乃に
「早く渡してやれ」と伝えた
「え??招待状を?」
アオシ「お前が隠し持ってる宿の券だ
オヤジ達に早く渡してやれ」
「・・・・へっ…」
大口檀家の一人である水戸家を失い
弦蒸寺は今までよりも
辛い立ち位置になるだろ…
だけど…後悔は一つもない…
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