第10話

 藤川静香が新幹線と在来線を乗り継いで、JR垂水駅に辿り着いたのは午後四時半を少しまわった頃だった。観光客向けに細々と生き残っていたレンズ付きフィルムを電車の乗り換えのタイミング毎に探すというのは、色々な物の時代の違いによる細かな差異に躓きすぎて難航したが、なんとかやり遂げた。あとは、彼女を探すだけだ。スポンサーの誰かの、愛しく懐かしいサヨコちゃんを。そんな執念にも似た思いを抱えながら藤川静香は懐かしい坂道を一歩一歩上がっていく。


 いつも横の道を素通りするだけだったのにも関わらず、実際に来てみるとこんなにも懐かしいものかと藤川静香は思った。受けてきた説明によると、サヨコちゃんはこの公園に来ることが日課だったらしい。「そう言われてみると、たまにこの公園で可愛い小学生を見かけていた気がする」位の感想は抱くが藤川静香の記憶にサヨコちゃんはいない。


 レンズ付きフィルムのパッケージを開け、中身を取り出して手に持つ。藤川静香がベンチに座って待っていると、一人の可愛い小学生が公園に入ってきた。タイムマシン施設の職員に見せられた写真と同じ顔だと確認できた。『まずは一枚』と、パチリとシャッターを切る。

 サヨコちゃんはブランコを漕ぎだした。


『話しかけてみよう』と、藤川静香はサヨコちゃんに近づいた。

「こんにちは」

「こんにちはー!」

「あのね、おばあちゃん、旅行の記念にね、写真をこの辺で撮ってるの。お嬢ちゃんの事も撮っていいかな?」

「いいよー」

 藤川静香は何度かシャッターを切る。

「今は何をしているの?」

「えっとね、学童が終わったら、いつもここで、お母さんを待ってるの」

「あら、そうなのー。偉いねー。お名前はなんて言うの?」

「サヨコだよ」

「そう、サヨコちゃん。おばあちゃんは静香っていうの。よろしくね」

「うん」

 サヨコはブランコを降り、砂場へ走って行った。藤川静香はそれをゆっくり追いかける。後姿の写真も良い物かも知れないと、一枚撮っておく。

「おばあちゃんは好きな男の子いる?」

「もちろん、いるわ」

「おばあちゃんはその男の子のどんなところが好きなの?」

「そうねえ。優しくて、強いところね」

「やっぱり、そうだよね! サヨコの好きなようすけ君も、優しくて、強いの! いつもジャンケン、わざと負けてくれるんよ」

 サヨコの表情がパァっと華やぐ。パチリと撮ったフィルムに今の最高の笑顔が焼き付いていたらいいなと藤川静香は思った。

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