第8話

 医療ポッドと説明されたならば大抵の人間が納得するであろう狭い設備の中に横たわり、藤川静香は目を閉じていた。藤川心太との、この仕事を巡ってのやりとりが頭の中で繰り返される。

「このポストカードの主が君だと僕も信じるよ。だから、過去に君が行ける事は疑わない。でも、ちゃんと帰ってこられるのかい?」泣きそうな顔。

「過去の世界にタイムマシンはないから、時限機能的な作用をさせて帰ってこられると説明を受けたわ」ちゃんと帰ってこられる可能性は五十パーセント代と聞いた事を黙ったままここへ来てしまってごめんなさい。

「あなたにまとわりついていた死神を追い払えるのはあの時の私だけ。あの時の私を心の底まで癒せるのは心太さん、あなただけなの。だから、行かないという選択はないわ」

「そんな事を言われたら、止めようがないじゃないか……」愛しい人にこれほど悲痛な顔をさせただなんて、悪い女ね。

「ポジティブに、メメント・モリよ! 私は心太さんと出会ってから、私自身の死と心太さんの死を思わない日なんてなかったわ。あなたと離れ離れになっちゃうなんて嫌だもの。でも、その日は必ず、突然やってくる。死を常に意識していたから、これまでずーっと、奇跡のようなキラキラとした毎日が過ごせたんだと思っているの」

「ああ。そのとおりだよ。いつか話してくれたよね。そんな素敵な概念をたくさん僕に、静香さん、あなたは与えてくれた」

「このポストカードにメッセージを書いたのが私なら、私が行かなきゃ、私たちはあの時あそこで出会えなかった。心太さん。あなたと出会えた私であるために、私は行くわ。心配しないで。ちゃんと『ただいま』って帰ってきます。だから、『行ってらっしゃい』って笑顔で送り出して」


 藤川静香は何度も何度も藤川心太との会話を思い出していた。あの時二人で並んで座っていた自宅のソファの柔らかさに比べると、このポッドの中のクッションの硬さは何なのかしら、といった感想が生まれた頃、藤川静香は声をかけられた。

「おばあさん、こんなところで寝ていたら風邪ひくよー」それは、藤川静香が聞いた事のない、知らない若い男の声だった。

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