第7話
「私ね、あの話を引き受けてみようと思うの」
髪を梳かしながら、藤川静香はそう話しかけた。
「あの話ってなんだい?」
古い本を読んでいた藤川心太は、ずり下げた眼鏡のレンズを通さずに藤川静香の方を見ながらそう応えた。
「あの、おつかい、の話」この歳になって【おつかい】なんて不思議な話ね、と思いながら藤川静香は話を続ける。
「覚えてないかしら。この間行ってみた不思議な面接の話。【神戸市垂水区に縁のある七十歳以上の健康な女性を募集しています】って話」
「ああ。言ってたね。変な面接だった、って」
「そうそう。四十年前のなんでもない日常の記憶をひたすら聞かれた、あの面接」
「で、おつかい、ってのは何をしてくるんだい?」
「写真を撮って来て欲しいんだって」
「へー」
「四十年前に行って」
「ふぅん」と言いながら藤川心太はカップに入ったコーヒーを啜った。そして、「え?」と口に含んだコーヒーを吹き出した。
「どういうことなんだい?」ゲホゲホとむせながら、藤川心太は問いかけた。
「なんかね。開発中のタイムマシンのスポンサーを納得させるためには、試運転とその確かな証拠が必要なんだって」
「マジな話なの、それ」テーブルを拭きながら藤川心太は言った。
「私はいつだってマジだって知ってるでしょ?」
「いや、そうじゃなくて、危険だったり、騙されたりしてるんじゃないかって話だよ」
「あー。うん。普通は信じないよね。こんな話」
「信じられないよ、さすがに……」
「でも、私には確信があるの」
「えっと、それは?」
「グズマニア、よ」
「グズマニア……、……あぁ!……、まさか、そんな……」
「大切に仕舞っていたのだけど、探し出すのに苦労したわ」そう言いながら、藤川静香は鏡台の引き出しから一枚のポストカードを取り出した。藤川心太は歩み寄り、置かれたポストカードを取って、また元のソファに戻った。
「懐かしいな」
「そうね。面接に行って、思い出して、引っ張り出して、改めて見て、間違いないと思ったの。その筆跡、今の私のものよ」
「バーで出会ったおばあさんっていうのは、君だったというのか」
「おばあさんだなんて失礼しちゃうわ。ね?」と言って藤川静香はペロッと舌を出した。
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