第6話

 ポストカードを右手に持って、藤川心太はじっとそのメッセージを読んでいる。時折裏返しては写真を見て、また、もう一度メッセージを眺める。ボロボロととめどなく涙が流れている事を気にする事もなく。来海静香は藤川心太と並んで同じように堤防に軽く寄りかかり、右手で軽く藤川心太の左手を握っている。涙が溢れた分だけ、【まとわりつく死神】の勢いが小さくなっていくように来海静香は感じていた。

「きまちという名字は来るに海と書いてきまちと読むんです」

「うん。変わった名字ですね」

「でも、これは母の姓でして」

「はい」

「両親は離婚しまして」

「そうだったんですか……」

「なので」

「なので?」

「心太さん、私と結婚してもらえませんか?」一度引いた波がまた寄せてくるくらいに自然に来海静香は言った。

「えっと。脈絡にびっくりしています」藤川心太の言葉の抑揚には、さほど驚いた様子もない。涙はもう止まっている。

「すみません」という来海静香の言葉の後、一拍を置いて藤川心太は話し出した。

「ずっと、泣きたかったんだ、そして、ずっと、その、泣いてる傍に誰か居て欲しかったんだと、さっき、気が付きました。ありがとう」来海静香の手に、もう、【まとわりつく死神】の気配は感じられない。

「これって、一目ぼれ、ではないと思うのですが」藤川心太は続ける。

「はい」

「先ほどの流れの中のどこかから」

「はい」

「僕はあなたに惚れていました。いってんいち目ぼれ、みたいな事でしょうか?」

 二人は目を合わせて、そして、同時に笑った。

「静香さん」

「はい」

「僕と結婚してください」

「はい」

 そして、二人は、同時に、

「よろしくお願いします」と言った。


「僕たちはまだ、互いの顔と名前くらいしか知らないからさ」

「うん」

「まずは、この写真の植物が何なのかを調べに行きませんか?」

「いいね!」

「じゃあ、行こうか」

 二人は手を繋いでゆっくりと歩きだした。


 五月の太陽はまだまだ高い。

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