第5話

「昔、イジメられててね」

 ポツリと藤川シンタは言った。涙と鼻水を拭ったティッシュを無造作にズボンのポケットに突っ込み、ハンカチとポケットティッシュを来海静香に返しながら、そう言った。

「僕のシンタって名前は漢字で書くと心に太いって書くんです。それで、シンタ。でも、それって、ところてんって読むんですよね。で、それがきっかけで、イジメられるようになったんです。丁度、あの子供たち位の歳の頃に」海を背にして、堤防に少し寄りかかって、藤川心太は話を続けた。来海静香は受け取ったハンカチとポケットティッシュをカバンにしまいながら黙って聞いている。

「シンタって響きは昔っからずっといいと思っていますし、今はもう、親を恨んでもいません。でもね。うちの親の無学を嘲笑う同級生の親がきっといたって事と、親から僕を馬鹿にしてもいいという免罪符を得た、という同級生の圧がたまらなく辛かった。名前からは逃げられないし、一度押されてしまった格下の烙印はずっとついて回りました」

 来海静香は訥々と話す藤川心太に何かをしてやりたいと思ったが、何をすればいいのか分からないまま一歩近寄った。

「だから、イジメには敏感になっちゃって。勘違いだったらそれはそれでいいや、とあんな風に飛び込んで行っちゃうんです」

 来海静香はもう一歩藤川心太に近寄る。

「自分では泣いてるつもりもないんですけどね。でも、いつも、ああやって、ぼろぼろ泣きながら注意してる」まだ少し充血したままの目の横に皺を寄せて、藤川心太は笑顔を作った。

 正面、というには半歩ずれた藤川心太の前に立ち、来海静香は彼の右手を両手でそっと包んだ。泣き疲れた後の脱力のせいか、藤川心太は驚きもせず、それに任せている。

 ぞわりぞわりと手を通じて入ってくる【まとわりつく死神】の不快感に耐えながら、来海静香は言った。

「心太っていい名前だよ。私は大好き」

 心なしか、【まとわりつく死神】の不快感が小さくなったように来海静香には思えた。

「男性の逞しさって、体の大きさとか、筋肉じゃなくって、心の大きさとか強さだもん。ご両親の名づけの思いは間違ってない!」

 波が引いていくように小さくなっていく両手からの不快感に来海静香は少し戸惑った。

「それからね」

 来海静香は両手を離し、カバンの中から昨夜のポストカードを取り出した。

「これは、さっき話したおばあさんに昨日もらったものなんです」と、植物の写真の側を藤川心太に見せた。

「そして、そのおばあさんからのメッセージがこれ!」と、勢いよく裏返した。


 そこにはこう書いてあった。


【心で太く繋がれる人と、あなたはきっと出会うわ】


 と。

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