第3話

「そうなのー。そんな不思議な事ってあるのねー」いつの間にか多くの客で店内は溢れていた。来海静香と藤川は何十人もの話し声の下、互いの距離を詰めて話をしていた。

「おかあさん、あ、ごめんなさい。藤川さんの人柄がステキ過ぎてつい話し過ぎちゃいました!」

「いいのよ。でも、大変なお仕事ね……。お客さんからパワーをもらう事もあるって言ってたけど、吸い取られるのは疲れるでしょうし、えっと、ま……まとわりつく死神?でしたっけ。それは聞いてるだけでも気持ちが悪いわ」

「でも、こんなこと、誰にも相談できないし、ちょっと鬱になりかけてたんですよ。聞いてくださってありがとうございます。随分楽になりました」

「いえいえ、これくらいなんでもないわ。今は持て余しているその能力も、もしかしたら、将来、大切な人を守る力になるかも知れないわね。今までは関わりの薄い人だったから、運命を変える事が叶わなかったけど、近くにいる大切な人の死の運命なら、あなたはそれを変えられそうよ。うん。静香ちゃんなら出来る。きっと」

「そうですよね! それだったら、ギフトですよね!恋人の死の運命を捻じ曲げられるんなら、これは、めっちゃラッキーですよね!」と来海静香は明るく言ったが、

「……ここ数年彼氏いないんですけど……」と声のトーンを落として続けた。

「あらら。こんなに可愛いのに? 静香ちゃんは彼氏欲しいと思っているの?」

「もちろんです!」

「じゃあ……」と言いながら藤川はカウンターの上の来海静香の手の上に自分の手を重ねようとした。しかし、ビクッと来海静香は手を引っ込めた。

「そうよね。私にまとわりつく死神がいたらヤだもんね。でも、信じて。私には憑いていないわ。もし、憑いていたとしても、この歳だからね。大往生よ。さあ……」

 来海静香は手を元の位置に戻し、藤川はその上に手を重ねた。

「まとわりついてる?」藤川の軽い問いかけに来海静香はフルフルと首を振った。

「相性の悪い人の事は全然分からないんだけどね。こうやって手を重ねて、その人の事を思うと、その人の幸せのイメージが湧いてくるのよ。もちろん、信じるか信じないかは静香ちゃん次第だけどね」

 来海静香は自分の手の上に置かれた藤川の手を眺めている。節くれだって肌の張りも弱々しい老人の手だがしなやかで美しい手だ。手の甲がじんわりと温かい。

「海へ行くといいわ。そうね。旅行じゃなくて、散歩の範囲で行ける海がいいわね。季節は今。明日とかでもいいかも知れないわね。砂浜でキュンとくる男性と出会えるはずよ」

「えー!ホントですかー!めっちゃ嬉しい! 行きます行きます!明日海にお散歩に行ってきます。そして、今はトイレに行ってきます!」と、来海静香は席を立った。

 鏡の中の自分の酔い具合を確認し、少し落ちた口紅を引く。「楽しい人だな、藤川さん。ホント、初めて会った気がしないな。あれ、私の生活圏内に海があるなんて言ったっけ?」4杯程カクテルを飲んで、いい気分ではあるが少し足元が覚束ない。「そろそろ帰ろうかな」と来海静香はトイレを出た。


「あれー?藤川さんは?帰ったの?」来海静香が戻ってみると、もうそこには藤川の姿はなかった。

「あらら、いつの間に。あらー、結構なお釣りを渡しそびれたなー。こんなにお金を置いていってくれてる。……あれ、これは? ……これは藤川さんから来海さんへのメッセージカードみたいですね」マスターが来海静香に手渡したそれはパイナップルの葉のような形のカラフルな植物がいくつか写っている写真のポストカードだった。裏には藤川が書いたであろう上品な字でメッセージが書かれている。

「ん?何か言った?」相変わらず騒がしい店内だ。来海静香は誰かに何かを言われた気がしたのだが、マスターはキョトンとした顔でグラスを洗いながら「いいえ。なにも」と言った。

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