第2話 君と見た夢
いつか、君と一緒に世界を見に行きたい
それが、お前の口癖だった。
賢王と讃えられる陛下の治世で、大きな不満を感じた事もないくらい平和な国。
それこそ、平民出でも実力さえあれば登用してもらえるような。
そんな国で、俺は幼い頃から騎士に憧れを抱いていた。
手作りの木剣を携えて修行の為に森へ行った。
師匠と呼べる人はいなくて、我流だったけども…。
そこで怪我して動けなくなってるお前と出会ったんだよな…。
「あの時はびっくりしたぞ。なんせ自国の王子様が共も連れずに森の中にいるんだからな」
艶やかな金の髪を揺らしながら、お前が笑う。
「悪かったね。僕にだって1人になりたい時があったんだよ」
幼い頃から変わらない、綺麗な髪と青い瞳。
「それからちょくちょく会うようになって…王子様を無下にするわけにもいかないし、仕方ないから相手してやって」
「ちょっと待った、仕方ないからってどういう事なの」
気安い口調も話題も、何も変わらない。
「だってたった1人の王子だぞ?何か粗相したらこっちの首が切られるんじゃないかってビクビクするわ」
いつもの会話、思い出語り。
「それにしては結構正直にあれこれ言ってた気がするけど…君に怒られた事、一回や二回じゃなかったよね」
そうだな。
きっとそれが正解だったんだって、思ったから。
「俺に腹芸とか無理だし、言いたい事は言うにかぎる」
こうやってお前と話す事が楽しかったから。
「そうだね、だから僕が君に言ったんだ。顔や態度に出やすいんだから、僕の側にいる時は常に顰めっ面してなさいって」
これでも昔よりは感情を隠すのが随分上手くなった方だ。
「言われた通りにしてただろ?」
お前が笑う。
「ああ、偉かったよ君は」
俺の代わりに、笑ってくれる。
「…君と一緒に、世界を見に行きたい」
「…行けば良いだろ」
「…わかってるくせに」
「俺はあんまり頭が良くないんだ」
「うん、知ってる」
「そこは…否定してくれてもよくないか?」
「だって、何回言っても理解してくれないから」
剣を地面に刺した。
ドス黒く変色した大地、辺りには人の命を軽く奪う程の冷たさも、雪も、その下で眠る草木さえ一本たりとも存在しない。
目の前のお前を見た。
浅黒く変色した肌に、黒い結膜に赤い瞳孔。
背中にはえた翼手目に似た黒い翼、それらは異形と呼ぶに相応しい。
「僕は生きているだけで害になる」
その身体からは、絶えず瘴気が漏れ出ている。
「君だって…瘴気に耐性を持ってるって言っても…あくまで作り物だ。ここまで濃い瘴気を浴び続けたら苦しいでしょ」
たしかに息苦しさは少しずつ感じ始めている。
けど…
「親友を失くすよりマシだ」
「わからずや…」
「どうにか出来ないのかよ…力を持ってるなら抑え込む事も」
「どれだけ僕が苦しんできたと思ってる!?どんどん膨れ上がる瘴気…消す方法も抑える方法もない!過去の文献を調べても載っていなかった。魔王が討伐された事くらいしか!!」
泣きながら、髪を掻きむしりながら、お前はまっすぐ俺を見る。
縋るように、責めるように。
「だから君を育てたんだよ。僕の勇者様」
釣られたように、瞳が潤み決壊する。
「…違う。俺は、俺は勇者じゃない。俺はお前の騎士だ!お前だけの、お前の騎士なんだよ…!」
勇者という称号がどれほど名誉な事だとしても、お前を討つことが役目だというなら、それはお前の騎士としてものすごく不名誉な事だろ?
「俺はお前の騎士だ!!お前は俺のただ1人の主君で…大事、なんだよ」
声が掠れる。
息が乱れる。
それでも俺は言わなければ、お前は絶対望まれない存在なんかじゃないって。
「陛下はおっしゃったよ。国の為、世界の為に俺にお前を倒して欲しいって。
いかなる時も模範なれと、感情を抑えて来られた陛下が、泣きながら…俺に息子が苦しまずに逝けるようにと!
旅立ちの前日には王妃様からも言われた!
泣き腫らした顔で、お前を…息子を頼むって…。
わかるか!?お前はな!害悪でも魔王でもない!
国のただ1人の王子で、優しい両親の大事な1人息子で、俺の幼馴染で、大切な…大切な主君で…!」
ボロボロだった。
苦しかった。
でも、絶対伝えないといけない事だ。
「お前が覚醒してすぐ辺りは瘴気に覆われ、国民にも被害が出た。
でもな、死者はいなかった!
皆すぐに回復して、日常に戻っていった!
…お前が魔王として覚醒しても、ほとんど被害なんて出てないんだよ。わかるか?
お前が、守ろうとしてくれたからだ」
いつしか2人ともグシャグシャになるまで泣いていた。
酷い顔だ。
でも、それでいい。それでいいんだ。
「お前は、愛されてるよ」
極寒の地に泣き声が響く。
涙さえ凍りそうなのに、俺達の周囲は瘴気に覆われてなんともない。
お前の泣き顔がクリアに見える。
ああ…泣き顔は、昔っから変わってないなあ。
「俺は、納得してない」
「…うん」
「いつかお前と一緒に世界を回るんだって、お前が言い続けるから俺もその日を夢見るようになった」
「…うん」
「お前が見た夢は…もうお前1人の夢じゃないんだよ」
「…うん…ありがとう」
辺りに漂う瘴気はどんどん濃さを増していく。
少しだけよろける俺に、お前は柔らかく微笑んだ。
「…もう、じゅうぶんだよ」
魔王を殺さなければ、瘴気はどんどん溢れ続け、やがて世界を覆う毒になる。
瘴気に耐性のある者が勇者となり、魔王を殺す。
それが、今まで調べてきた勇者と魔王の物語であり…正史でもある。
「僕が魔王になるってわかった日、もう一つ夢が出来たんだ」
「…なんだよ」
穏やかに、お前は笑う。
「勇者になった君に、殺してもらう夢」
その身体は小刻みに震えている。
「僕は魔王。お願い、僕に教えて…僕の為に強くなった君を…だから、殺し合おう?僕の勇者様」
涙を拭い、剣を構えた。
『俺がどんな強敵からも、お前を守ってやるからな!お前は安心して俺に任せとけ!』
『頼りにしてるよ、僕の騎士様』
…まったく、酷い主君だよな。
なんで守らせてくれなかったんだよ…最期まで。
せめてそれが許されないなら、一緒に逝かせてくれたらいいのにさ。
「全てが終わったら、僕の想いを連れて世界を見てきてほしい」
そんな事言われたら、叶えないわけにもいかないだろ?
お前の攻撃は最期まで優しかった。
過去の文献の内容、魔王を悪し様に言う物は少なかった。
きっとお前もそうなる。
お前は皆を愛し、愛された。だから…
「どうか…覚えていて。これが、世界に嫌われた者の末路だ」
「…忘れねぇよ。世界がお前を嫌っても、俺は、お前の両親は、国の民は…確かにお前を愛している」
お前の心臓を貫いた瞬間、自身の心臓が壊れた気がした。
「僕も…僕も…皆を愛してた…」
涙が溢れる。嗚咽が漏れる。
瘴気が薄れていく中で、お前はギュッと俺を抱きしめてくれた。
「…ありがとう。僕の騎士様」
その腕が力をなくしても。
その瞳から光が失われても。
例えその姿が人とは違っても、お前は、俺の主君であり、親友であり…大切な存在だった。
喪失感が襲いくる。
瘴気が晴れて冷気が襲う。
まだ温かさを遺したお前を腕に抱いて、運命を恨んだ。
『世界を見に行きたいって言っても、父上も母上も心配症だからなあ…』
『仕方ねぇなあ。俺も一緒に説得してやるよ』
『っ!さすが僕の騎士様!じゃあ今よりもっと強くならないとね!』
『わかってるよ!やってやる!だから1人でどっか行こうなんて考えるなよな!』
『もちろん!』
『約束だからな』
『うん、約束っ』
その日、世界に平和が訪れた。
魔王の見た夢 @listil
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