エピローグ(後編)
「私、わがままなの⁉ 行ってほしく……なかったのに……」
「……ああ」
俺が見た、彩音さんが見せたあの表情を、茜はきっと知らないのだろう。
だが、言わないほうがいい気がした。言ったら、茜を余計混乱させるだけだと思うから。
今は、彩音さんのあの行為に意味があったのだと、そう思うしかない。
それに……。
俺は守れと言われたのだ。それはきっと、ただ戦うという意味だけではないはずだ。
「茜。彩音さんを必ず見つけよう。……まあ、その前に親父を見つけて、何やってんだよって殴ってやんなきゃだけどな」
茜の頭をそっとなでる。
俺の親が原因かもしれない状況で、俺が慰めるというのはどうなのだろうと一瞬思ったが、そんなこと言ったら茜に怒られそうだな。
「……あ、一輝くん。うん。……ありが、とう」
「茜、我慢するな。この辺はド田舎だからな。ろくに人も歩いちゃいない。……俺しかいないんだ、今は」
「あ……うん。うん、うん」
茜は横から俺に思いっきり抱き着いて、制服に顔をうずめてきた。その頭を俺は、優しくなで続ける。
……茜だけじゃないはずだ。
俺の仲間たちは、いろいろなところで今も戦っているのだろう。
自分の想像力の貧困さが恨めしい。
俺がもっと動いていれば……どうにかなった、とは言えないことくらいわかってる。俺が頑張って親父を探し出せているようなら、三ツ者がここまで苦戦してはいないだろうから。
けど……。
俺は現実世界に移ってきてからというもの、ゲーム内でのことにとらわれるのを無意識に避けていた。
それが、責任とか恐怖とかから自分を守るための行動だったんだと、今になって理解した。
親父は間違っていないはずだと盲目的に信じていた、いや、信じたかったからこそなのかもしれない。
テスターパーティーの面々とは親父よりも、もっと長く一緒にいたはずで、俺を支えてくれていた存在だった。
それはゲームの中のことだったかもしれない。
でも、今、こうして現実で戦い、わかったことがある。
俺にとって、いや、俺たちにとって、あのゲームの中でのことは紛れもなく現実だったのだ。
だが、リアルでゲームが始まったとき、ゲーム内と同じ感覚でプレイしてしまうことへの恐怖感があった。
当然だ。本当に命がかかっているのだから。
茜も、桐香もそう感じていたんじゃないかと思う。
それでも、現実はそこにあって……だから。
だから、俺はもう目を背けない。
信じたいものを信じるのは簡単だ。だが、盲目的な信頼は思考停止だ。
彩音さんの言葉は、俺に深く刺さった。
俺がやる。桐香が、茜が、みんなが笑って日々を送れるように。
また昔のように、みんなで笑えるように。
「茜。これからも一緒に頑張ろうな」
俺の言葉に、茜は首を何度も縦に振っていた。制服に顔こすりつけてるようにしか見えないけども。
こうして二人で歩く時間は、とても貴重なもののように感じられた。
身に染みて思う。
もう、仲間の辛そうな姿は見たくない。
固い決意と共に、自分の気持ちがしっかりと整理ができた気がした。
そうしているうちに家に到着した。
「茜、落ち着いたか?」
「あ、うん。ありがとう、ね」
茜の目は少し充血気味ではあったが、落ち着いたのは嘘ではないようだ。
安心して玄関のドアを開ける。
「ただいまー」
「あ、えっと。お邪魔します」
あれ? すぐに返事が返ってこない。珍しく、桐香のレスポンスが悪いな、と思っていると、リビングのほうから慌ただしくパタパタと走るスリッパの音が聞こえてくる。
「お兄ちゃんごめーん! 私も今帰ってきたばっかりでね、紅茶入れてるからスリッパだしてー!」
「はいよ。さあどうぞ、お姫様」
「あ、うん。ありがとう」
茜は、俺の出したスリッパを顔を赤らめつつ履くと、一緒にリビングへ入った。
「茜さん、いらっしゃい」
「あ、うん。毎日のようにごめんね」
「いえいえ、そんなことないですよ! もともと話し合いするのに呼んだんですから」
「あ、うん。でも、よくよく考えたら毎日家に上がるのも迷惑かなって」
「茜、変な遠慮するなよ。俺たちの付き合いは親とよりも長いんだから、兄妹みたいなもんだろ?」
「お兄ちゃんにしては良いこと言うねっ!」
「お兄ちゃんにしては、は余計だ」
「あ、うん。ありがとう」
屈託なく笑う茜の顔を見てほっとする。
また溜め込んで、一人でつらい思いをしていたら、今度こそ気づいてあげたい。いや、その前にどうにかしてあげたいのだ。
「茜さんも座ってください。お兄ちゃんも突っ立ってないで、椅子引いてあげなよ!」
「俺は使用人じゃないんだが」
「あ、うん。大丈夫だよ」
と、茜が一番に座ったので俺と桐香もそれに続く。毎度恒例で、座る場所も固定化されつつあった。
「さて、お兄ちゃん。さっそくだけど、本題に入ろうか」
「ああ」
「あ、えっと。今後の方針ってことでいいんだよね?」
「はい。……お兄ちゃんの中ではもう、ハッキリとあるんだよね?」
「……もちろんだ」
親父のことを探す。そして、このデスゲームを止める。
それが、イコールになるのかは現状わからない。
けど、当然それが最終目標になるはずだ。
だが、まずは。
「テスターパーティーのメンバーを全員探し出す。話はそれからだ」
茜が必死に戦い続けていたように、ほかのメンバーも戦い続けているはずだ。
「親父たちが何をしたいのかはわからない。けど、現実世界でプレイヤーを殺し合わせて……放置なんてできるわけない。……だが、止めるためには俺たちだけじゃ力不足だ。……みんなの力が必要だ」
「あ、うん。そうだよね」
「お兄ちゃん。リーダーっぽいねっ!」
「いや、一応リーダーなんだけどな?」
「そこで、一応って言っちゃうあたりがお兄ちゃんだよね」
「うぐっ」
そう言われると何も言えない。
「あ、えっと。でもね、私は一輝くんがリーダーだから安心して戦えるんだよ?」
「茜……」
「茜さんは、相変わらずお兄ちゃんに甘々なんですから。まあでも……それは私も同感かな、お兄ちゃん」
「……桐香」
なあ、親父。
親父は、なんでこのゲームを作ったんだ?
エンドロールの先で待ってるってどういう意味なんだよ?
それは、リアルでのゲームをクリアしろって意味なのか?
幼かったあの日、俺は親父に運命を授かった。
そう、俺はずっと思っていた。
けど……授かったと思い込んでいただけだったんだ。
俺には仲間がいて、一緒に笑いあった戦友がいて。
なあ、親父。
もう、あんたの呪縛から解かれても良いよな?
もう、このゲームは親父たちだけのものじゃないんだ。
いや……それは、昔からだったのかもな。
親父のことは、いまだに何もわからない。きっと、教えてくれる気もないんだろうさ。
けどな、俺には大事な仲間がいる。桐香や茜や、ほかのみんなも……。
それを不幸にしようって言うのなら、俺は絶対に負けるわけにはいかないんだ。
親父の用意したエンドロールなんて、知ったことかよ。
俺たちには俺たちのストーリーがあるんだ。そして、それは親父の用意したエンドである必要はないだろう。
俺は、いや、俺たちは戦う。
俺たちの望んだ〝トゥルーエンド〟をつかみ取るために。
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