エピローグ(前編)

「先輩は、本当に困ったちゃんですね!」


 翌日放課後、学校屋上に呼び出された俺は、心底嬉しそうにしている汐音を見て、胃が痛くなってきていた。


「汐音には感謝してるよ。俺たちは、あの場から移動するので精いっぱいだったからな」

「ふふんっ! もっと褒めてください!」


 彩音さんが立ち去った直後、セキュリティー会社の人間と警察の人間が現場にやってきた。……らしい。

 何者かの接近を察知したところで、俺たちは早々と撤退していったわけだが、当然証拠隠滅も何もしていなかったわけで。


 特に困ったのは防犯カメラだったのだが、さすがにそこは三ツ者と言うべきか、今回も汐音が裏から手を回し、先手を打ってくれていたらしい。

 今朝も、ホームセンター襲撃事件だのなんだのとニュース番組は大騒ぎだったからな。本当に助かった。


「で、汐音。話は聞いていたんだろ? 勿論、追跡したんだよな?」

「美少女さんのお母さんですよね?」

「ああ」

「……三ツ者の看板下ろしたくなりましたよ」


 汐音から、いつものふざけた雰囲気が一気に消える。さすがに本気で悔しいのだろう。


「そこまで言うか」

「制作陣と言うのは伊達じゃないですね。伝説のツヴィーベルナイトを騙せたので、いけると思ったんですが」

「……まあ、きびしいか」

「はい。やはり、間抜けな先輩を基準で考えた私が愚かでしたね」

「おい」


 さらっと悪口混ぜてきやがって。

 ベロだして「てへっ」とかやっても可愛くないからな。腹立つだけだからな。


「もう、先輩ったら、そんな怒らないでくださいよぉー」

「うるさい」

「……これから、どうするんですか?」

「そうだな」


 今回の事件は、親父たちが本格的に動き始めたということを示している。だが、その目的もわかっていない以上、先手を打つのは難しい。

 なら、最初にすべきことは一つだろう。


「テスターパーティーのメンバーを集める」

「ですよねぇー」


 わかってましたと言わんばかりに、汐音は自慢げに胸をはって見せてくる。


「やっぱり汐音は、ほかのメンバーの居場所もわかっているのか?」

「んー。ほとんどわかりません」

「はぁ?」


 じゃあ、なんでそんなに自慢げだったんだよ。


「まあまあ、もうすぐ一人くらいはとらえられそうですよ。最近、派手なことしているのがいるんで」

「派手なこと?」

「まあ、その辺はおいおい。先輩も十分に休んでください。これから戦いは激化していくでしょう! 私たちの戦いは始まったばかりなのですからぁーっ!」


 めっちゃノリノリだな。


「楽しんでるだろ?」

「はい? はい、当然じゃないですか?」

「お前なぁ」


 他人事だと思って。


「先輩と一緒にいると、本当に退屈しませんね! だが、私たちは知る由もなかった。この戦いが、あのような悲劇を招くことになろうとは!」

「イントロ風やめろ」

「先輩ノリわるーい」

「はぁ……」


 これでも、三ツ者ナンバーワンなんだからな。なんというか、まあ、助けられているという事実は間違いないので、これ以上責めようもないのだが。


「俺も俺なりに調べてはみるよ。けどまあ、その辺は専門外だからな。お前にこんなこと言うのはしゃくなんだが……頼りにしてるんだ。頼む」

「……三ツ者の名に懸けて、任務を迅速に遂行させてご覧に入れまする」


 いきなりロールプレイに入った汐音は、それはもう真面目そうな表情をしていた。


「お、おう、頼んだ」

「御意」


 蜃気楼のようにふわりと体が揺れ、汐音は消えた。無駄にスキル使いやがって、厨二病かってんだよ。

 それでも頼もしさを感じ、笑みがこぼれてしまう。


「やれやれ。……期待してんだからな」


 なんとなく声に出す必要がある気がして、それでも気恥ずかしくてぽつりとつぶやいてみる。

 ここで汐音に話しかけられるのはなんだか癪な気がしたので、校内に戻ろうとドアを開けると、横をするりと誰かが通り抜けていった。


「っておい!」


 汐音だった。


「私も先輩のこと、少しくらいは期待してるんで、よろしくお願いしまーすっ!」


 そう言い放つと、汐音は楽しそうに階段を駆け下りていった。


「ったく、ロールプレイやるなら徹底しろよな」


 まあ、汐音が余裕なさそうに真剣な表情の時はやばいときだろうし安心か。

 茜と犯人が戦闘している報告をして来た時なんて、それはもう慌てて……。

 ……あ。


「っと、まずい」


 茜を待たせているんだった。急がねば。

 あわてて階段を下り、昇降口へ急ぐ。到着すると、茜は外を見ながら待っていた。


「茜。悪い待たせた」


 俺の声に気付いた茜は振り返ってきて、


「あ、一輝くん。用はすんだの?」

「ああ。待たせて悪かったな」

「あ、ううん。行先一緒なんだし、それに……一緒に行きたいから」

「……そうか」


 茜も今一人でいるのは、色々と物事を悪い方向に考えてしまって嫌なのだろう。

 ただでさえ、茜はいろいろと考えすぎるきらいがあるからな。


「じゃあ、行くか」

「あ、うん」


 二人並んで通学路を歩く。行先は俺の家だ。

 桐香も含め、三人で今後のことを話し合おうということになっているからだ。


 昨日は全員ボロボロで時間も遅かったこともあり、すぐに解散となった。ゆえに、細かい話は今日に持ち越されたわけである。

 ちなみに、彩音さんと再会した茜の心情を測りかねていた俺は、学校で昨日の話を出すことができなかった。

 茜自身、昨晩の話を一切出してこなかったので、話さないほうがいい気がしたのだ。


「茜。昨日帰って、おばあちゃんに怒られなかったのか?」

「あ、うん。大丈夫だったよ。……なんでだろうね?」

「……ああ」


 あの過保護なばあちゃんのことだから、帰りが遅いことが多ければ、家から出さないとか言いだすかとも思ったんだがな。


「茜も大きくなったし、それでじゃないか?」

「あ、うん。そうかも」


 無言が嫌だったので俺から話を振ったのだが、どうにも茜の歯切れが悪い気がする。

 いや、俺が考えすぎっていう可能性も捨てきれないか。


「あ、えっと……」

「どうした?」

「あ、うん。……お母さんは私の話、聞いてくれなかった。どうして、かな?」

「茜……」


 昨日は桐香がいて、家にはおばあちゃんがいて、学校には同級生がいて。

 きっと、どうしようもないほどに、心に抱えたもやもやをどこにも出せずにいたのだろう。

 向けられた茜の瞳に溜まった涙は、今にも零れ落ちそうだった。


「何度も……私、お母さんって、呼んだのに……なのにっ」

「……ああ」


 吐き出せずにいた心の傷が、濁流となってあふれだしていた。


「私、わがままなの⁉ 行ってほしく……なかったのに……」

「……ああ」

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